カミキリムシ

小川英晴



欠けた月は するすると無花果の枝をつたわり いく枚もの眠る葉を病む カミキリムシの触角は たましいのくらい韻(ひびき)と交感し その夜ほっそりととぎすまされる ああ 結実をする季節のなかで 夢の音色を奏でる無花果よ 熟れきった無花果は ある夜ぽとりと土に落ち 腐葉土のぬくもりふかく 爛れきった内部をひらく 夢見る卵に似たそのすがたを そっくり夜更けの中空(なかぞら)に吊るして 眩暈となってつきてゆくもの ああ カミキリムシよ 今日だってわたしはおまえを想うあまり うっとりふくらむ無花果の内部に たくさんの欲情の種子を生みつけ その無花果にこそ相応しい 夢見る微風の花びらを ひたすらにそよがせているのだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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