赤目

一色真理



荒野に赤目を捜しに行った。いつのころから か、赤目を殺してその死体を売ることが、私 のパンのたねになっていたからだ。昔は、こ んな辺境でなくとも、赤目はあらゆる町や村 の近くに沢山いた。けれども、赤目を見つけ て捕えるのは実に簡単なことだから、私の仲 間たちに彼等は次々と殺され、絶滅していっ てしまったのだ。 赤目がいた。年老いた、とびきり目の大きな、 ぞっとするほど素晴らしいやつだ。涙をいっ ぱいにためた大きな赤い目を、赤目にしか見 えないものに向かってじいっと見ひらいてい るから、すぐにわかる。赤目はいつもひとり ぼっちだ。人々は赤目のことを、馬鹿で白痴 だと思っている。実際、私がそばへ寄って赤 目の首に縄をまきつけているときでさえ、赤 目は恐怖というものを知らないかのように、 けっして抵抗しようとはしない。おそらく、 赤目の日没の色をたたえたその目には、殺人 者である私の影さえも映ってはいないのだ。 けれども、どんなときにも赤目の顔を正面か ら覗きこもうとしてはならない。なぜなら、 赤目の目はあまりにも美しく、深い。見てい るだけで心が洗われ、ひきこまれてしまう。 すると、私の胸の中に、歌うように甘美な赤 目の声が聞こえてくるのだ………。  「あなたは昔、美しい目をしていましたね。  見ているだけで、心が洗われるような。で  も、あなたはいつもひとりぼっちでした。  あなたのまわりにだけは、いつも真暗な影  がありました。日射しの中では、あんなに  大勢の子供たちが遊んでいるのに。あなた  は涙をいっぱいにためた大きな赤い目を、  じいっと見ひらいていたけれど、あなたに  は明るい日射しも大勢の子供たちも、目に  入りませんでした。覚えていますか? そ  のとき、あなたは何をそんなにもじいっと  見つめていたのでしょう?………」 ……危ない、危ない。私はうっかり赤目の顔 を正面から覗きこんでしまったらしい。もう 少しで、私までが赤目に心を奪われるところ だった。 赤目を捕えるには、まずぶあつい目隠しで、 その大きな日没の色の目をおおってしまわな ければならない。その美しい目と目を合わせ てしまったら、最後だ。歌うように甘美な赤 目の声が話し手くれる物語が聞こえてきたら、 きっともう逃れることなんかできなくなる。 その果てしない物語の迷路の中に迷いこんだ らもう、出口なんか無い。物語から逃れる出 口を見つけられない者は、永遠に物語に閉じ こめられ、自分自身が赤目になるしかないの だ。だから、赤目は見つけしだい、すぐに殺 してしまわなければならない。 けれど、赤目はなんと美しい目をしているの だろう。見ているだけで、心がすっかり洗わ れていくような………  「今では、赤目は世界中でほとんど絶滅し  てしまいました。おそらく、私はこの世界  に残されたただ一人の、最後の物語の語り  手なのです。そして、年老いた私にとって、  あなたは私の物語の最後の聞き手となるに  違いありません。私の物語。いや、それは  あなたの物語でもあるのです。なぜなら、  物語の中では誰もが本当は赤目なのですか  ら………」 長い長い時が過ぎ、長い長い赤目の物語は終 わった。気がつくと、私のかたわらに年老い た赤目が死んでいた。もう本当に何ものをも 見ることができなくなってしまった大きな赤 い目を、やっぱりじいっと見ひらいたままで。 私はひとりぼっちになった。荒野にはあんな に明るい日射しがみちているのに、私のまわ りにだけは真暗な影が落ちていた。すると私 の大きな目はみるみる涙でいっぱいになり、 死んだ赤目も日射しのみちた荒野も、私には たちまち見えなくなって………。 今や私は、赤目だけが見ることのできるもの をありありと見ていた。それはほとんど死の 恐怖をうわまわる、戦慄そのものだった。そ して、私の見たものをそのままに物語ること だけが、私のいのちのある限り続く私の新た な仕事となったことを、私ははっきりと覚っ た。そうだ。私の仕事は、赤目だけが見るこ とのできるもの、――他の誰にもけっして見 ることのできないものの物語を、永劫に続く 罰のように語り続けることなのだった。「赤 目」の物語。つまり「私自身」についての、 長い長い尽きることのない物語を。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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