メトロノームを輝かせて

小川英晴



あなたのつるっとしたものが ぬるっとしてくると ぼくのしゅんとしたものまでが おもわずぴくんとしてしまう ああ ぼくのどきんとしたものが あなたのくちのなかで 一瞬 ほっと息をぬくと ぼくはするすると あなたの内臓へとすべりこむ とがりすぎてしまった感性を ぐっすり眠らせようとして あなたはすっかり風邪をひいてしまった ちくっとした想いを布団にくるんで ぼくが大きなくしゃみをすると あなたはぴくっとからだをひきしめる そんなあなたのからだから ぼくがメトロノームをひきだすと ようやくあなたはうっとりと なつかしい風景をそこにひらいた * ぼくのからだのなかでは かたいカスタネットが鳴っている ぼくの無器用なメトロノームは あなたのなつかしい風景を探しあぐねて ついにとほうにくれてしまった ああ それでもぼくのメトロノームは ヴァイオリンの低音部を見つけては 沁みわたる音色にタクトをつける ぼくの指揮棒はいつだって 楽器に向けられているのだが あなたの内面があまりにもゆたかなので 鮮やかな色彩を統率することができずにいる ぼくのなかにめざめはじめたあなたが ようやくぼくのメトロノームを探しはじめた ぼくの劇場にはまだ観客は誰もいないが どうやらこのぼくに向けて きみはじつにいい表情をして ぼくの指揮棒をフルートのように うっとりと奏ではじめた * レンコンが俎板の上で踊りはじめる そのとき包丁は突然驚いてシャックリをはじめる あなたはなぜだかとても嬉しくなって口笛を吹きはじめる 野菜はすばやく調理され飾られた あなたは少年のきれいな指先も調理したい衝動に駆られる 少年はそれを知って指先を恐る恐る掌のなかに隠しはじめる あなたの欲望は頂点に達し少年はえもいわれぬ笑顔でそれに応える レンコンが皿の上からひとつひとつ減ってゆく 少年の指先はようやく一本一本かがやきはじめた あなたのくちのなかでは少年の指先によく似たマカロニが いつになくいい夢を見ながらピクピクと震えている

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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