光が丘

田中勲



雲の 裂け目から、にわかに 光の棒がつきだすから 昼の月は うすっぺらな石の肌を空にさらすのだろう 股を開き、見下せば 箱庭の グランドを釘づけにして ヘリコプターが 黒い虫の大群に的をしぼり 戦闘開始だ ちょっと待って ぼくを呼ぶ声がして、丘に立つ きみは急に大人びる ヘリコプターの爆音に ありったけ並べた言葉が 箱庭の 雲に脚をとられている サクラの下では 空中戦は見えない ただ 人間と人間の 泥沼から腰をうかせ 求愛の雲を泳ぐ 身の引き締まった さくらのうぐいにぐさりと箸を突きさす旬の残酷さにも 新旧、 ゴザが競り合うのだ そんなに急くことはない それでもゴザの端から 小さな悲鳴が順序よく滑っていく川の中へ 実際、 人の器から 上手に漏れていく 老年は年齢ではないから 器の鍵は 昼の月がにぎっている、川を滑る人の たとえば尻の割れ目から そっとのぞいてごらん 飛行機雲の 池のほとりでは 弟妹の カスミ草も咲いているだろう まだ雲から降りることができない みどりに昏れる うみ、やまを脇にしたがい 空は育ち、とばかりに ウサギ色の やわらかな器にはまっているのだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.3目次] [前頁(メトロノームを輝かせて)] [次頁(一九八七年)]
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