俳諧「歌仙集め」の巻

倉田良成・二川原一美・清水鱗造



初折表
発句 一 年の瀬や歌仙集めの四苦八苦     二川原一美
 脇 二  多摩川に出て鴨は飛び立つ     清水鱗造
第三 三 夕暮は片手にあまる魚買ひて    倉田良成
   四  酒の酔しれ早碁打ち勝つ     
 月 五 月冴えて犬斜視(ひんがら)の目で迎ふ   
折端 六  独りを好む数寄者の露      

初折裏
折立 一 市中は七夕祭で賑はひて      
   二  黄金を散らす灌木の末(うれ)     
   三 山陽に長者の跡もしのばれん    
   四  忘れ形見を嵐(らん)で失ひ       
   五 天気雨包む童子は傘回す      
   六  伴天連をみる水無月の辻     
   七 秋の夜や駄菓子屋の灯の煌々と   
 月 八  琵琶の音ひびく下町の月     
   九 湯につかり詠めをりたるかまど虫  
   十  浪漫つきせぬ雪解けの国     
 花十一 花を言ふ請負人にかたられて    
折端十二  道連れ持てば風光るらん     

名残折表
折立 一 焼け野にて手鞠遊びに磨き掛け   
   二  ランプの火屋に映る襟元     
   三 妹をかへすがへすも頼み置く    
   四  逢瀬に走る子は髪を染め     
   五 塗り剥がしサーカス果てて草いきれ 
   六  隣村まで法螺吹きに行く     
   七 冬の朝泊まる宿なく旅支度     
   八  鍋に張りつく煮凝りを食ふ    
   九 親の仇討つてみせたる初秋に    
   十  稲妻光る塀の築きさし      
 月十一 宵の月障子の穴を猫くぐる     
折端十二  口のさがなき出入あきんど    

名残折裏
折立 一 遊郭で狂詩よみたる連衆哉     
   二  惑ひたる日々溶けていくなり   
   三 ひとまづは去年(こぞ)の反古(ほうご)をとり出して
   四  松明をもち襤褸(ぼろ)を着るひと   
 花 五 満開の桜花の下で踊るらん     
挙句 六  飛入も飲むはるの谷あひ     

●後記・倉田良成
 はなしづくり、ということが連句のうちでいちばん基本的なことではないかと思う。それは通常、句のおもてには必ずしも露わではない。前句と前前句とのイメージの関係を、再びくり返さないという約束があるにせよ、「あなたの志は確かに受けとった」という水面下でのやりとりが、「はなしづくり」にあたるのではないか。いわゆる「モノハヅケ」では、歌仙が成立しないゆえんである。当歌仙をすすめるにあたって痛感したことは、共通の話題がない、ということであった。これは、いいかえれば、おのおのの、「風雅」がそっぽを向きあっている、とでもいえばいいか。とても「遊ぶ」ところまでは行かなかった。――と、私は思っていても、他の二氏はけっこう楽しまれたのではないかと考えている。付け付けられることに付随する制約感と解放感は、他者を容れる、という一事によって他の定型詩とはまったくちがった様相をあらわす……。ただし二氏に対して私は忸怩たらざるを得ない。なまじい捌き手のやくわりをまかされたために、無用の斧をふるって、両氏の世界をせばめたきらいがあるからである。もしも、また機会が与えられて歌仙を巻くようなことがあったとしたら、もうすこし「自由」に遊べるのではないかなどと私は考えているのだが。

●歌仙事始記・二川原一美
 昨年師走から連句入門書を読み漁りて、未だ五流の身技体の充実の域を出ずして……歌仙を始むる次第。定まり事を覚えるのに先ず二苦労。安東次男著などの連句手引書も神田西秋、日本書房などで、購ふても書斎に飾っても宝の持ち腐れ。されど怯まずに両吟、参吟、肆吟と読み進むる望み捨て切れず……心とは裏腹に歌仙に付いてちょいと識ったか振りをして、友達の輪…宜しくねと、彼方此方に声を掛けては連衆の誘いをする調子の良さ。やっと集まりたる参人衆、清水、倉田、二川原連である。倉田の捌(サバキ)で睦月下旬に我等の連句船が出帆した。小生が発句担当と名指しされ、思案百回を重ねて抽出した傑作句?初折表の第壱番句…嬉し恥ずかし発句のでき具合を連衆に秘かに尋ねると、色よい返事など皆無。先行を案じて途中下車したいと申し出たものだ(即日却下)……電信が主流で連句の綾織ゲームが展開され、付け筋を述べ合ひて、推考の嵐吹きまくる日が続くと頭の中が錯乱状態になる……早速挙句まで歌ってしまいたい願望にかられるものだ。そんな気持を必死に堪えて、初折表、名残表へと継なぐ茨の道すじ…(千秋楽)待ち侘びた建国記念日、新玉線桜新町下車十分の清水邸に集ひて、名残裏六句を挙句まで短冊に詠み書き込んで安堵する顔々。もふ連句は辞めて連詩に挑戦しようぜの声むなしく。次回は桜の花咲く頃に一発やるぞと誰かいったナア……戯言の渦を酒の肴に変えてしまふ驚異の連衆達の行く末、歌仙の世界でどんな醜態を晒すやら……脇、第三、平句、挙句、春夏秋冬、二花三月、素春、雑の句、季移り、季戻り、打越などの事柄もしばし忘れて舌の根も渇かぬ裡に連句の時の時を思ふと芭蕉翁も深川の庵で火鉢を抱ひて「十年速いよ」と笑ふことだろふ!
(於・第日本印刷校正室・如月)

●後記・清水鱗造
 独りの連想体系のなかだけでなく、他者の連想体系に通じていくには、制約もある代わりに密談と言っていいような私的な題材に触れることができる。関係意識とか欲望もそこに表われるのではないかと思う。独りならば、いくら破格でも、思い入れは無限に可能だという言語意識にたてばいいのであるし、まさにそれで詩は成立すると思うのだが、連句では即座に感じられたことの反応が返ってくる。だから、自分の意識とそういったコミュニケーションの意識を天秤にかけて発語するのが、技になってくるのだと思う。少なくとも手紙みたいに相手に対する思いを入れること、そのうえで構成意識を働かせること。さらに成立しているゲームの意識を加えること。
 この試みをひょんなことから始めて、むしろ読者にはわからないやりとりや思いに連句の面白さがあると思った。そしてこのゲームの本質は時代的に古典的までに深化されてる。むしろ連想体系がそれぞれの生活意識とともに分裂していることを確認することが、現在このゲームをやることの面白さかもしれないと思う。
 三人の共通性は何かといえば、東京に住み、似たような仕事をしているということだろう。このささやかな共通性が、ひょっとしたらささやかな共通の喜びをもたらすかもしれないという接触点を求めていきたい。

捌き・倉田良成
句割
二川原一美 十二句
清水鱗造 十二句
倉田良成 十二句


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