発火

清水鱗造



とどこおる地面に 花が咲きだした 絨毯に 風に 舗道に それらは種から出発した はやく季節を通りぬけ 花びたしになった 家族を連れて地面を歩く その花々もまた 幾夜かは祝福されてある おだやかなおだやかなとどこおりに しきりに花粉は舞い 傷は癒える ひとつひとつ取り上げるその花 分析もまた花 取り上げるそのたおやかな指もまた 風は生きたり死んだりする とどこおる地面で 仮面をさらしたり また 淨い顔をさらしたりして つぼみからラビアへ 花芯から 骸骨へと それを知っている そしてわからない 枯死 解体 菌類の 波動と生成 一瞬にして水は変わる そして流れない (便器の白い陶の茶色い泥  ポリエチレンがはたはたなびいている  水たまりにはボウフラがおびただしく  新聞紙と脱脂綿にくるまれた  汚物  置き去りにされた錆びた自転車は  さらに腐食しつつある  配電盤や回路のあいだに見える真空管  のっぺりしたテレビの顔  子猫の死骸が軽く板に乗っている  そして黒い昆虫の群れ  流れつつある油) 地面に横たわる女の姿態 花にまみれて また萎れた植物にまみれて 能面にまみれ 鬼にまみれて それは粒子に分解するし 腐ったり また淨かったり 乳房は白く また 肌色の デジタルな 水の 風の 波動の 光の 造りもの 地面に火がつく 地面が燃える めらめらと土のおもてが 顔が 痛みのなかで 恍惚のなかで 燃える 花はどこか 知らないところへ 女はどこか 果てに 遁走して 燃える 燃える

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.8目次] [前頁(ころげる石)] [次頁(ともに来るべきものの姿)]
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