雨がはじまる

布村浩一



雨がはじまった 空からの電話に倒れて 雨の音を聞く もうすぐ解けるそうだけれど 悲しいことを知るのだ 大きなムダをしてしまって雨の音が胸の板に滲みこんでくる こういったことは 戦争や 事故でしか起こらないことなのに ぼくは100年もふとんの上に倒れていた 雨が降り続けて 壮大なムダが身体に滲みこんでくるまで時間がある    * Mからの電話に倒れて 火花のように頭が鳴る 本当は鳴らない ぼくは冷静で ぼくの舌は鈍くて ぼくはそのあと平気で メシも食ったし 駅まで歩いても行った 自分が思ったことを殺そうとするときは 外(ほか)をみながらやるのだ 自分が生きてきたことの首を締めるときは 外(ほか)をみながらやる 駅で煙草を買った これから何年間かを 何かを殺しながら生きるのだ    * 彼女は快活で「おかしかったのは89年の春から冬の間だけよ」と言ったりする 解けることはないのだ 人と繋がった〈もの〉は ぼくには帰らない ぼくのものにするために 坂道を降りていくようだと感じた孤独や 折れ曲がって ほそい路に入っていった孤独を考える 彼女の悲鳴のような声を考える もうみつからない ぐるぐると町を回って 目の前で〈ぼくたち〉が消えていくのを待っている

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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