みどりご

倉田良成



ヒグラシとおなじ音階で目覚ましが鳴る 朝 事物はみな細くなる まぎれもなく 世界は秋だ 血が垂直に立ちあがると 二階の住人が起きだす 見えない洗面所で歯をみがき 幻の朝食をとり 幻の会社に出かけてゆく それからしばらくのあいだ 私たちは眠る 朝 ウィンドブレーカーを着て ジョギングをする人の顔が 苦悩する人の顔に似てくるのは自然だ 彼らの肉体が灼かれているのではない 彼らは肉体に灼かれているのだ かたい信仰のように それはいつか精神そのものと化した肉体だけが記憶する  あまく巨きな恍惚へ変成する そしてときには狂気のように海をもとめて渇く 太陽から訪れる金色の蜻蛉 石切り場から切り出されたばかりの石のような 新鮮な沈黙 という言葉を夢のなかで聞いた 秋 投げ出されたハーケン 深まってゆくのは 名づけられた世界と 「もの」との距離だ 夜どおしあふれる水の音にかこまれて きのう夕焼けの大画面に見たものは 荒ぶる神々のおとろえである きょう 青空にやどる音叉のひびき 地球に落ちるおびただしい雲の影 あしたを思わない曲線にさかまく もっとも透明な颱風 ふいに呼ばれた 裏山のタブの木のしたで 大天使マイケルが霜の声でささやく やがてあたらしいみどりごが 火の藁につつまれて流れ着くと

(連作〈SEPTEMBER VOICE〉より)


[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.10目次] [前頁(木の前の写真)] [次頁([組詩]路地から路地へ)]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp