ヒグラシとおなじ音階で目覚ましが鳴る
朝
事物はみな細くなる
まぎれもなく
世界は秋だ
血が垂直に立ちあがると
二階の住人が起きだす
見えない洗面所で歯をみがき
幻の朝食をとり
幻の会社に出かけてゆく
それからしばらくのあいだ
私たちは眠る
朝 ウィンドブレーカーを着て
ジョギングをする人の顔が
苦悩する人の顔に似てくるのは自然だ
彼らの肉体が灼かれているのではない
彼らは肉体に灼かれているのだ
かたい信仰のように
それはいつか精神そのものと化した肉体だけが記憶する
あまく巨きな恍惚へ変成する
そしてときには狂気のように海をもとめて渇く
太陽から訪れる金色の蜻蛉
石切り場から切り出されたばかりの石のような
新鮮な沈黙
という言葉を夢のなかで聞いた
秋
投げ出されたハーケン
深まってゆくのは
名づけられた世界と
「もの」との距離だ
夜どおしあふれる水の音にかこまれて
きのう夕焼けの大画面に見たものは
荒ぶる神々のおとろえである
きょう 青空にやどる音叉のひびき
地球に落ちるおびただしい雲の影
あしたを思わない曲線にさかまく
もっとも透明な颱風
ふいに呼ばれた
裏山のタブの木のしたで
大天使マイケルが霜の声でささやく
やがてあたらしいみどりごが
火の藁につつまれて流れ着くと
(連作〈SEPTEMBER VOICE〉より)
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