[組詩]
オムライス

清水鱗造



〈さつま揚げの顔〉 さつま揚げの顔でいっぱい このへんは さつま揚げ 自転車で全速力でさつま揚げ 白い衣装のさつま揚げ さつま揚げがコーヒーいれる ロッカーを開ければ鏡にさつま揚げ ペン握るさつま揚げ キーたたくさつま揚げ コーヒーのクリームが動くさつま揚げ さつま揚げの心電図 歯がさつま揚げの虫歯だ 足がさつま揚げの水虫だ 優しいさつま揚げ コーヒーどうぞ クリームいれてね そんな午前 ドーナツの穴の午前 映画館街のほうから陽がくる 吐瀉物の色のネクタイ そんななかで なにも 考えてない さつま揚げ 〈マネキンの中〉 内側からなぞる指 海牛の触角が温度に染まって 角度はショーウインドーの向こうの舗道 内側から曲線をなぞる指先 雨滴が王冠の形に飛び散り そして丸まり その粒を見る うつろ マネキンの目 樹脂の金髪 臍のない腹の 内側をなぞる 指先 〈真夜中の菓子〉 真夜中にばらまかれる菓子 ボウルにもおさまりきれないほどの ふんづけるヒール 粉々にくだけて 街で見つけたクールの空き箱 刺の 砂糖の 切片 スパンコールのある服 下品な冗談 べっとりと口紅のつく吸い口 蹴りあげろ 菓子を 甘い靄になるまで 〈新月 満月〉 黒い丸 なびく林のその尖先の 何もない黒い丸 空が隠れている 真っ黒い棒を担ぎ 男はのろのろと道を下っていく その黒い棒の先の黒い 丸 夜の陽炎は立って 草々のあいだから墨汁の風が 体を透かして上のほうへ上のほうへ 昇っていく スキンヘッドのあなた あなたは夜の街道をなぜ下る 黒い丸の荷物を 棒の先に提げて 何処へ 草なびく その後ろに あの街の電灯の光が 絨毯になり 幽かな機械音が絶え間なく響く 絶え間ない頭上の機械音が満月の下を通過し 手首の磁石が感じとりくるくると回る 登るときの腰につけた集積回路がカチカチぶつかり 草なびく 夜の 山の 無の 巷へと あの広場へと 満月が浮く 林を抜けて 行こうとしているものの影にゴーストが重なり すでに役割を果たさない磁石は草のあいだに捨てられる 満月の下の黒いエイの大群が 緩慢な機械音を発して 姿にブレが出ている 速い劇が血を流してくびれ     相姦して終わる     透視図をつくり     透視図をこわし     滲みの触手を伸ばし     裏返しになってうめき声をあげる 新月 満月 月の光線の 海の底でエイがみる黒い映像 その輪郭が揺れる 新月 満月 〈金太郎〉 飴ではない その壁を手でさすりながら 道を行く老人がいる 角化斑の出たその手を広げて 老人は歩いている ぽりんぽりん 喉が鳴る 雲のむ ゆっくり チョイスの砂 のむ ん ぐりぐり ん にゃん腹猫が ぼりぼりの 老女の 散歩 袋 に おなごがな リンスする けつかんねん! ごろごろするん べーろべろ ん とかげ ん衰ん 老人がそのざらざらの壁を 撫でて杖をついて 歩いている 金太郎腹巻 を ん する だぞ だぞ ぐるんしべぐるん ざんだかざんだかぼりぼりぼり ばしぐしさりゆりぐむぐむぐむぐむ ん ん 角化 斑 閣下! かーんかんかんかん 陽のむ む む 〈ニワトリの置物〉 木彫りのニワトリの置物を 買ってくる その顔が気に入って 二つ買って 好きな顔のはぼくの部屋に飾り 一つは贈り物にしようとして 片方はリボンをかけてもらった 片方のは首の太いので 太いほうがいいから それも好みで選んだ 家に帰って袋を開けると 首の太いのが紙に包んででてきた これもいいけど 顔の好きなニワトリがいい でもリボンがかけてある ラッピングしてある だから開けられない あの顔は 覚えている 楽しい顔だった もう開けられないけど 〈オムライス〉 卵のする 葱きざむ たけのこきざむ にんじんこなごな のする 卵にたばこの入るのは不可避である では こしょうがんがん 塩ぱっぱ のする で サラダオイルぬる のする たーらたらのしゅっしゅっ のして じゅーっ 卵かたまる のする お昼はオムライスにするのが必然性がある で きざんだの焼く のする ごはんがぐじゃぐじゃのしゃもじ のする が 卵うすいの焼く が つつむのする ケチャップどぼーん たばこ消せ するの スプーンおくの するの たばこ 灰皿にこのこのこの消すの するの 居室に湯気が充満するのは配偶者でさえ抑えることは不可能である というのが 文化包丁の務めです するの 〈諸民族〉 吐き気に襲われて彼は 穴を探した でも穴はどこにもなかった だから十字路を全速力で 穴を求めて走った 吐き気をタオルで止めてくれる民族がいた ポリエチレン袋を用意してくれる民族がいた 薬をくれる民族がいた そのように吐き気のなかで 諸民族が虹になっていたのだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.11目次] [前頁(「棲家」について 5)] [次頁(バタイユはニーチェをどう読んだか 4)]
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