田中宏輔



コンコン、と ノックはするけど 返事もしないうちに 入ってくるママ 机の上に 紅茶とお菓子を置いて 口をあけて パクパク、パクパク 何を言ってるのか ぼくには、ちっとも聞こえない 聞こえてくるのは ぼくの耳の中にいる虫の声だけだ ギィーギィー、ギィーギィー そいつは鳴いてた ママが出てくと そいつが耳の中から這い出てきた 頭を傾けて トントン、と叩いてやると カサッと ノートの上に落っこちた それでも、そいつは ギィーギィー、ギィーギィー ちっとも 鳴きやまなかった だから、ぼくは コンパスの針で刺してやった ノートの上に くし刺しにしてやった そうして、その細い脚を カッターナイフで刻んでやった 先っちょの方から 順々に刻んでやった そのたびごとに そいつは大きな声で鳴いた 短くなった脚、バタつかせて ギィーギィー、ギィーギィー鳴いた そいつの醜い鳴き顔は 顔をゆがめて叱りつけるママそっくりだった カッターナイフの切っ先を 顔の上でちらつかせてやった クリックリ、クリックリ ちらつかせてやった そしたら、そいつは よりいっそう大きな声で鳴いた ギィーギィー、ギィーギィー 大きな声で鳴きわめいた ぼくの耳を楽しませてくれる ほんとに面白い虫だった

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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