衛星

清水鱗造



黄色いバスが走る 埃を澪のように地図につけて コロッケを中で揚げる人 熱い油は座席に飛び散って でもシェフはあきらめない いびつなコロッケが 旅行者の昼食だ 一個のコロッケが揚がったら 次の試みが始まるだろう それは観光旅行の 快楽だから 鰯雲がバスの天井に映って * 机の上に恒星をおいて まわりに消しゴムのかすを飛ばしてみる それはくるくると回りだした 朝の光と煙草のけむり 逆立った髪の毛 明治の街のルポルタージュがぱらぱらと 降ってくる部屋 消しゴムのかすは 小惑星群のように僕の背後から窓の前をめぐり 恒星は赤斑や黒点を小さく面に映していた * 街角に少女は 何度も何度も現われる 赤斑や黒点となって 建物の陰に立つ あの少女がかつて 湖のほとりで抱き締めた幼女であったことは もうぼくも気づかなかった * 夜のマンション群 あいだの駐車場 月が息する 獣姦が降ってくるのだが それはビデオレンタルショップの 磁気だ さいわいにしてここにも 回覧板がまわってくる 老人むけのバス旅行に ぼくも行くだろう * 旅をしていれば 給水口も楽しい のちに筋肉がばらばらになって 菌類に喰われるにしろ 頬の産毛は そのまま高速度で ニューロンをめぐる 旅 排水口も楽しい 隣りから痴話喧嘩が聞こえるにしろ * モップを持った女性がドアを開けて入ってくる 作業服を着て 割れたガラス窓の向こうに稲妻 サングラスに映る稲妻 ぼくはパイプベッドの隅に座る 煙草をすって灰皿をもって 女性は床をごしごし掃除して 出ていってしまう 机の電灯のスイッチをいれる 割れた窓からはいる風 ぱらぱら紙が飛ぶ 空には稲妻 まだ雨を降らせない稲妻 * 恒星のまわりに牛を飛ばしてみる 牛は素直にまわりだす ときどきピンセットで干し草をやり 牛糞は恒星の輪になる それは腐食画の アニメの のんびり煙草をすう男の机でまわる 電話が鳴るとき 恒星は牛を連れて 恥ずかしそうに天井の隅に移動する * Tシャツの絵は そのまま動きださないとはかぎらない ベトナムのフエの漕ぎ手は 部屋の湿った川を日笠をかぶって汗をかき カリフォルニアのサーファーがコーラの瓶を持って 笑いかける その一枚はバスが出る直前 裸を隠すために 買い求めたものだったのだけど * シャベルを持った女性がドアを開けて入ってきた ぼくは煙草をくわえたままそちらを見た 金髪で作業服を着てサングラスをかけた女性 彼女は何かを埋めたかった でもぼくの部屋に地面はなかった きょろきょろ見まわして 出ていった ぼくは向き直って文字を書いて 煙草を灰皿に置いた 小さい骸骨が上空で踊っている * 街角が透けて見えるこの壁 立ちんぼの少女が 赤い煙草をすっている あの子が赤ちゃんだったことは 銀行の看板が保証する ぼくのエロスが霞網になっても * 赤まんまだけが咲いている野原を 古いバスは疾走する 埃を蹴たてて バスのなかで耳かきをするのは 危険 すでにバスには耳鼻科の 赤外線照射装置が 置いてある 雲の影が野原の向こうに 走っていく * 街の壁の落書きはたいてい FUCK YOU! ぼくのパンツは花柄 起きぬけに壁から街に出るのは できない 花柄が恥ずかしいから だから 電信柱から水着の女が下りてきて 落書き屋さんになったのだ * 青いランニングシャツを着て パイプベッドに横になり 岩清水をペットボトルのまま飲んでいると 金属探知器をもって銀色の服を着た女が ドアを開けてはいってくる 女は床とベッドの下を調べて いくつかのクリップをポケットにいれた ちょうどライオンの顔が 窓の外を通りすぎるところだった ぼくは枕に耳を押し付けて 潮の音を聞いた 濃い口紅の女は 満潮とともに出ていった * フラッシュ 煙草を吸っている壊れた眼鏡の自画像 フラッシュ 傘の骨にまつわるポリエチレン袋と唾液 フラッシュ 軟体動物の微細な器官と尖る細胞 フラッシュ 中央演算装置に流れる電流の菌類 フラッシュ 砂粒に凝集していくカルシウムの粘液と狂った株価 フラッシュ 壁に張り付く売春婦の影とバーコードの人 フラッシュ 朝のゲートボール大会でセクシュアルレボリューション フラッシュ バーベルを挙げる痩せた女と剃った無駄毛 フラッシュ 田舎が明るくなると同時に米が孵化する フラッシュ 黄色いバスが走り一人暮しの男の耳栓が飛ぶ * いつしか ぼくは花柄のパンツで街を歩き始める フリージアの模様のパンツで

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.15目次] [前頁(炎焔)] [次頁(マシュマロの唄)]
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