私たちはときおり他界(よそ)の扉を開けなければならない
この街から出てゆくために
そのために深い空を通過する橋や坂や四つ角がある
秋の眼が接写する厖大な青
丘のうえで彼方から到来する透明な風に吹かれながら
生きてゆくことはむなしいことではない
そこにはささやかなパンと、葡萄酒と
板切れの模様のなかに見つける今日の秘密があるから
むなしいのはむしろ死を欠いた生
橋や坂や四つ角のない街だ
巨きな太陽の血溜まりが私たちを照らす……
橋をわたって「次」の街へ
きらめきのなかをゆっくりと曳航されてゆく船
さかさまに生まれてきてわずかのあいだ
無形のものにみちびかれて私たちも光のなかを行く
くちびるに触れるおびただしい鳥の翼はよろこびのしるし
港は身をふるわせて私たちを迎え入れる
音楽はなく、ことばもなく、建築もなく
ただ明けてゆく朝のざわめきのうちにさよならを言う
私たちは彼方のタペストリーの図柄に属する存在となる
友人と会ってお茶を飲み
地下鉄の駅まではひとりで歩いてゆかなくてはならない
降りはじめた雨はこわくはないけれど……
坂をのぼって「次」の駅へ
逃げ水にゆらめいている夏の終わりのアスファルト
最後に虹を見たのはいつのころだったろうか
さっと青ざめ、やがて白い雷がつんざく灰色の空に
街はいっせいに歔欷の声を上げる
私たちは丘のうえに立つ馬鹿者となって*
夕立のあとの悲しみに似た日没の深みへと首をのばす
遊びに出た子は永遠に帰らない
彼らの住処ははるかな未来にあるのだから
私たちも積乱雲のあたりにある家に帰るために
幻のシャツ、幻のズボン、幻の靴を履いて
夜、おもむろに旅仕度をはじめよう……
角をまがって「次」の道へ
*「Fool on the Hill」より
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