子守歌のためのファド ――アマリア・ロドリゲスによる

倉田良成



冷酷な天使の眼のように鏤められた二月の星のしたで 不思議な赤いバラは交換された 甘美な痛みをともなって 私たちにまだ時が許されているのなら ヴィアナへ行こう、 晴天のかなたに蜃気楼のように揺れている街 海からの青、子宮からまっすぐに延びてくる路上で 光のように降りそそぐ恩寵を刑罰として浴びている 私という悪はいつ悲哀のように溶けるのか 春の豊富な雨のなかで 罪は二十年 悔いは八十年 みんなひとつの決意のように老いてゆく 私たちが「いつか」とささやく声を聞いたのなら ヴィアナへ行こう、 けっして遠くはない向こう岸の街 どこかの国のお花畑で 灰色の意思に殺害された母娘がゆらゆらと花を摘む 時は迅く、無慈悲で、ふたたびもどらない おおきな悲しみのように広がる春のきらめきのなかで 私ははっきりと知らされる 「絶対」は悪である、と 愛は痛ましい火傷のようなものだから 立ち止まると人は術(すべ)を失い、死んでしまう そう老音楽師が歌うのを聴きながら もし私たちに帰るのをうながす痛みがあるのなら ヴィアナへ行こう、 なつかしい死者たちが住んでいる街 この世との交易のためにいまも巨大な帆船が紺碧の空へ出航する 不思議な赤いバラを満載して もし私たちに「いつか」とささやく声があるのなら ヴィアナへ行こう、 私たちが永遠に若い街 見えない涙滴に似たものでできている街へ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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