花々のための恋唄

倉田良成



かすかな悲しみのなかにあるときに 花はするどい痛みのように美しい 遠い世の春の野であなたは呼びかけたのだろうか (あかねさす……)と 四月の光に濡れた朝やみじろぐ闇の夜のなかで 怪我をした少女の狂乱の眼を思うとき 私たちは高貴な声のような怒りに打たれる 「世界は巨きな不正にほかならない」 慰藉はつややかなチェロの言葉で 平安は疼きとともに語られなければならない 私たちがときおり見かける壁に描かれた稚い猥画の なんという深い線! ごらん 曇天を背にして透明な新緑の木が立っている きらめく水をおびただしく含んで 光がそこにとどくまでの眼もくらむディスタンス あしたから永遠に齢をかぞえられる春の人が そのしたにいる はげしく炎える火のような時のなかであなたは呟いたのだろうか (さねさし……)と 無慈悲な四月の風に身をなぶらせて 花は絶望のように美しい もし、歓びのない人生が無価値であるとするならば 人は老いることに希望を持たなくてはならない 勇気をひめて いつのまにか降りだした春の雨があなたの髪を湿らせる 夕ぐれ、新緑は鮮血のいろにまみれ かすかな温もりのこもるしんかんとした公園で 花は残酷なまでに美しい 宵闇ののがれがたくせまる遠い世のきざはしで あなたはささやいたのだろうか (夕されば もの念(も)ひまさる)と…… 

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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