秋の歌

駿河昌樹



いまはげしく降り続く雨の向こう 黄金色かるく、ひと射しひと射しは細かくふるえながら 時間をかけて降りてくるひかりの柱 濃淡とりどりに金色の丘は連なり 海は見えない 潮の音はしかしひと時として絶えず その音にむしろあれらの丈高い草は揺るぐ 十分生きたといっていいではないか すでに、かたちさまざまな雲の行方みな確かめて 時は杯を溢れる数十の冬を経た重力の虹酒 指と手には多くの指と手の労役を任せよ、そして 脳よりも遠いところの虚の香りをいま一度 嗅ぎ分けようと努めよ 夏はいま一個の緻密な結晶石である 土地の熱と色と湿気を吸い尽くした末の球体なのであれば 色が足りないと嘆くべきではない 見えない海が見える海より曖昧だったこともない この緻密な球体を雨風のなかに握る行為は おそらくは誇るべき指と手の労役 嗅ぎ分けようと努めよ、脳をはるかに零れ落ちて アトリエの外、不可視の柑橘類の香り鋭い、中空の蜜 いまはげしく降り続く雨の向こう 熱をなおも失わぬ地球の建築礎石の置かれたその場所 黄金色は億光年を経て物化した幼い日々の明るさに他ならず 世界は黄金を前にすると激烈な追憶へと傾斜する 時間はたしかに清い水の超高速の恋であろう 黒いものへと心の逃げ隠れする寂しい季節 一個のこの緻密な結晶をつよく掌に握れ いまはげしく降り続く雨の向こう しずかに冷めていくものあれば触れるな そのもののさらに向こうへ 向こうへ

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.18目次] [前頁(旅仕度)] [次頁(駆ける森)]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp