胎児と商い

清水鱗造



* 湿地帯に 顔が刷られた尖った紙が 網目状の第二胃の広がるなかに 散乱している 草履はそれを踏んづけて すたすた行く 弾丸や睾丸が埋まっている 湿地帯で 三角に折ったハンカチを落とし ムカデが服を脱ぐ 細かい刺がいちめんに降っている 樽から垂直に酒が漏れている 葦原に ポリエチレン袋が 劣化している 紙幣から毛髪がのぞいているのは 地面に毛球が あるからだ ポリエチレン布のあいだで 鳥の体がばらばらになっている いくつかの商いがくる 耳孔から微細な刺が 霧のように注ぎ 川のこちら側の 建売住宅の明るさは 遠近感のない笑い顔の描かれたカードが じゅんじゅんに雲の向こうに行くのとは 別の遊びをなしている 路地の古い町並みは 消えたり再生したりしながら 徐々に (あの人) 湿地帯の 博物館に 商いは 落ちていった * ぼくらは巣穴を掘り 作業を終えたら 入口で当分ひなたぼっこしているので 餌は 陶の食器に * おもちゃの街が広がる 熊のぬいぐるみが唾を垂れ 模型電車などが 縦横に走る街 そのミクロの街区に 白髪の薬売りがいる 薬粉が振動で煙になり コーヒーカップの縁をよぎったのを 数人の兵隊が見ている * 深夜 ジョークを言ったその口を 急いでふさがれた 二次元の順列が 唇をふさごうと 貼りつく しかしそいつは 裂口は決してふさげない 両端からは 火事で溶けたプラスチックが どろどろと湧いてくる 猥雑な台詞が 燭台の上に流れるのを そいつは もう止められない * ラクダの背中に 黄を詰めて 生あたたかい 黄を詰めて 火あぶり をきちんとする * 煙のような細い小骨まで 解剖された街には まだ魚の形の胎児がいる それは懐かしい風物だ 机の前に貼りつける胎児の写真 嵐と 露 藻を含んでいる 冬の においがする * 二次元の順列が 別の冗談を言っている それは黄色い 口をふさいだ手は 気まぐれな雲 こぼれたものはなかったと 黄色く浮かんでいるものだ 言葉が 物に変わるとき 通勤者が駅にいっせいに向かうように 偽の骨を作りだした 言葉が 食物や食器をめぐるとき 星が 居間の半球に 散らばっている 偽の骨構造に沿って 商いをしている * (あの人……) * チェストから下着をだしている後ろから タオルで目隠しをして 近づいていった 音楽を聴いているところに 空白になって 浮かんでいった 菌糸が 耳から飛んでいく 茫々 白く * おもしろい ゲーム いくつかは たしかおもしろいゲームを 認めた 黄色いものがニヤついて 通り過ぎるのに 臓物にはなにも 感じなかった 木造の林のあいだの 小さな建物で 風呂敷包みを開けたところに 盗人がくる まげが崩れて 南天の実が夜風に揺れる 空白を 耳に その孔の闇に * (あの人とその子ども……) * 洪水が 甘い澱になり 足元に騒ぐ 松虫草や わすれ草 われもこう べんけい草の さまざまな種類 メセン類 小石 小石 砂漠 の潤い 鹿と遊び 鹿はすぐに葉叢のあいだの光に気をとられ けもののにおいから離れる ひとりで 古い森の 苔の道を歩く 向こうの池では 子どもが釣りをしている この洪水に 濡れるのが 朝食までの 偶然投げられた 胎児 白いエプロンが遠くに あまりにもはっきりと 立っている 砂漠の洪水に掌をつけ 素足をつけ 魚体になって 泳ぐ 商いの透明な偽の肋骨は 胎児の いっときの虚空 黄色は薄く焦げ 青い思想と分離していった

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.19目次] [前頁(暗黒街の顔役)] [次頁(バタイユ・マテリアリスト 3)]
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