超常光

築山登美夫



1(超常光) 超常的な光に照されて男は踊つた 多様な次元のできごとの複合を 男は踊つた 多様な次元のできごとの複合した舞踏を 超常的な光に照されて 多様な次元のできごとの複合をビリビリひき破る舞踏を それが男の生の全体だつた 2(帯電) 彼はひき破いた 帯電した皮膚を 金いろの生命の束が内部を縦横にはしつてゐた 金いろの日の雨が劇しくふりそゝいであつまつてゐた 帯電した皮膚がハガネのやうにめくれかへつた すべての生命が露見したと思つた そのとき何も見えなくなつた 3(戦争) 戦争が始まつた 何も見えなくなつた世界で 叡智と奸計のいりくんだ夜のはてへ こらへきれずしたゝりはじめた細胞がなだれこんでいつた よぢれてへこんだ細胞(それはあなたであり私だ)その周囲に犇めく よぢれてふくれあがつたへんてこな細胞は語った 「高い空の下をとぼとぼと歩くのは何とまだるつこしいのだらう それでも間違ひなくこのみちは向つてゐるのだ〈共苦共死の共同体〉へと」 4(父母) 男の四肢から放射状に火花が飛び散つた 鼓動のはげしさが極まつた 出るのは今だと思つた 父母(チチハハ)との関係によつて形づくられた無意識のおぞましい倒錯から 〈父母ノ未ダ生レザル世界〉ヘ そこはゴワゴワと閉された闘争の界域だつた 繋がらないものだけを繋げてつくつた痙攣する脊骨だつた 5(天空) 天空に茶いろい臍の緒がながく脉うち そのさきにまんまるく睡る赤ン坊が泛んでゐる 雲の映像が次々に向う側へ流れ去る地面をすべつて行くと 奔騰する瀧があつて 男の躯はしぶきをあげて 金いろの縞模様の交叉する天空へ輪転していく 世界を囲む縁(ヘリ)のない壁がはつきりと見えた 6(乳と蜜) 《私は前世であなたの妻でした》 と云ひつのる狂女と暮した 《私はあなたの妻として地面に光るおびたゞしい乳くびだつたのです 蟻のやうに犇めく民衆のひとりだつたのです》 そんな来世の記憶がゆつくりと崩壊してゆく 《さゝくれだつた突起がいつせいにひとつの方向に靡いて 尖端からあたゝかい乳と蜜があふれました》 7(死の國) すべてのものが死んでゐる國で 男もまた死体となつて死んでゐた 黄金光が浸み出しては破裂してゐる大きな池があつて 焦げた植物の投げ込まれた黒い穴の底の角質化した國で 男もまたその國とみわけがたく角質化してゐたのだが 向う側からその國を瞶める青い眼には すべてがはりさけるほど澄んでかゞやいてゐた!

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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