詩 都市 批評 電脳


第20号 1996.4.20 227円(本体220円)

〒154 東京都世田谷区弦巻4-6-18(TEL:03-3428-4134;FAX:03-5450-1846)
(郵便振替:00160-8-668151 ブービー・トラップ編集室)
Internet Homepage:http://www.kt.rim.or.jp/~shimirin/ http://www.st.rim.or.jp/~t-nagao/
E-mail:pcs35778@asciinet.or.jp shimirin@kt.rim.or.jp
5号分予約1100円(切手の場合90円×12枚+20円×1枚)編集・発行 清水鱗造
ロゴ装飾:星野勝成(紙版のみ)


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。

田中宏輔



枯れ葉が自分のいた場所を見上げていた。 木馬はぼくか、ぼくは頭でないところで考えた。 切なくって、さびしくって、 わたしたちは、傷つくことでしか 深くなれないのかもしれない。 あれは、いつの日だったかしら、 岡崎の動物園で、片角の鹿を見たのは。 蹄の間を、小川が流れていた、 ずいぶんと、むかしのことなんですね。 ぼくがまだ手を引かれて歩いていた頃に あなたが建仁寺の境内で 祖母に連れられた、ぼくを待っていたのは。 その日、祖母のしわんだ細い指から やわらかく小さかったぼくの手のひらを あなたはどんな思いで手にしたのでしょう。 いつの日だったかしら、 樹が葉っぱを振り落としたのは。 ぼくは幼稚園には行かなかった。 保育園だったから。 ひとつづきの敷石は、ところどころ縁が欠け、 そばには花を落とした垣根が立ち並び、 板石の端を踏んではつまづく、ぼくの姿は 腰折れた祖母より頭ふたつ小さかったと。 落ち葉が枯れ葉に変わるとき、 樹が、振り落とした葉っぱの行方をさがしていた。 ひとに見つめられれば笑顔を向けたあの頃に ぼくは笑ってあなたの顔を見上げたでしょうか。 そのとき、あなたはどんな顔をしてみせてくれたのでしょうか。 顔が笑っているときは、顔の骨も笑っているのかしら。 ああ、神さま、ぼくは悪い子でした。 ぼくは悪いことは何ひとつしませんでした。 天国には、お祖母ちゃんがいる。 いつの日か、わたしたち、ふたたび、出会うでしょう。 溜め息ひとつ分、ぼくたちは遠くなってしまった。 宇宙を言葉で説明できるかもしれない。 でも、宇宙は言葉でできているわけじゃない。 ぼくに似た本を探しているのですか。 どうして、ここで待っているのですか。 みみずくくんというのが、ぼくのあだ名だった。 母は、高知で、ひとり暮らしをしています。 樹が、葉っぱの落ちる音に耳をすましていた。 いつの日だったかしら、 わたしがここで死んだのは。 わたしの心は、まだどこかにつながれたままだ。 こわいぐらい静かな家だった。 中庭の池には、毀れた噴水があった。 落ち葉は、自分がいつ落ちたのか忘れてしまった。 缶詰の中でなら、ぼくは思いっきり泣ける。 樹の洞は、むかし、ぼくが捨てた祈りの声を唱えていた。 いつの日だったかしら、 少女が栞の代わりに枯れ葉を挾んでおいたのは。 枯れ葉もまた自分が挾まれる音に耳をすましていた。 わたしを読むのをやめよ! 一頭の牛に似た娘がしゃべりつづける。 山羊座のぼくは、どこまでも倫理的だった。 つくしを摘んで帰ったことがある。 ハンカチに包んで、 四日間、眠り込んでしまった。

『陽の埋葬・先駆形』



表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

頭をたたくと、泣き出した。

田中宏輔



カバ、ひたひたと、たそがれて 電車、痴漢を乗せて走る。 ヴィオラの稽古の帰り、 落ち葉が、自分の落ちる音に目をさました。 見逃せないオチンチンをしてる、と耳元でささやく その人は、ポケットに岩塩をしのばせた 横顔のうつくしい神さまだった。 にやにやと笑いながら、 ぼくの関節をはずしていった。 さようなら。こんにちは。 音楽のように終わってしまう。 月のきれいな夜だった。 お尻から、鳥が出てきて歌いだしたよ。 ハムレットだって、お尻から生まれたって言うし。 まるでカタイうんこをするときのように痛かったって。 みんな死ねばいいのに、ぐずぐずしてる。 きょうも、ママンは死ななかった。 慈善事業の募金をしに出かけて行った。 むかし、ママンがつくってくれたドーナツは 大きさの違うコップでつくられていた。 ちゃんとした型抜きがなかったから。 実力テストで一番だった友だちが 大学には行かないよ、って言ってた。 ぼくにつながるすべての人が、ぼくを辱める。 ぼくが、ぼくの道で道草をしたっていいじゃないか。 ぼくは歌が好きなんだ。 たくさんの仮面を持っている。 素顔の数と同じ数だけ持っている。 似ているところがいっしょ。 思いつめたふりをして、 パパは聖書に目を落としてた。 雷のひとつでも、落としてやろうかしら。 マッターホルンの山の頂きから ひとつの絶叫となって落ちてゆく牛。 落ち葉は、自分の落ちる音に耳をすましていた。 ぼくもまた、ぼくの歌のひとつなのだ。 今度、神戸で演奏会があるってさ。 どうして、ぼくじゃだめなの? しっかり手を握っているのに、きみはいない。 ぼくは、きみのことが好きなのに・・・・・・。 くやしいけど、ぼくたちは、ただの友だちだった。 明日はピアノの稽古だし。 落ち葉だって、踏まれたくないって思うだろ。 石の声を聞くと、耳がつぶれる。 ぼくの耳はつぶれているのさ。 今度の日曜日には、 世界中の日曜日をあつめてあげる。 パパは、ぼくに嘘をついた。 樹は、振り落とした葉っぱのことなんか、 かまいやしない。 どうなったっていいんだ。 まわるよ、まわる。 ジャイロスコープ。 また、神さまに会えるかな。 黄金の花束をかかえて降りてゆく。 Nobuyuki。ハミガキ。紙飛行機。 中也が中原(チュウゲン)を駆けて行った。

『陽の埋葬・先駆形』



表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

草ゝ

阿部恭久



 ザ ロコモウション 原っぱのような コトだった 期末試験がすんで ノリコさんはふざけた…… いまは 娘がいたりして 恋の心配とか リトル・エヴァも あれきりだった  ラジオ生活 枝をはらわれて 電柱が暮れてゆく あの町この町 高校生はエン〜〜と 自転車を漕ぐ まもなく六時の時報です いわゆる 公序良俗と言うヤツ  っぽい 未明 まぶしい ブラウン管で 大統領は幾度も 撃たれた その度 オープンカーのシートに沈んだ… 昭和も半ば 右往左往か、ひくくふせるか、ほこりっぽい


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

朝、音楽会のあとで

倉田良成



とても暗いものについて触れてみよう きみを連れて鉄骨や吐瀉物の散乱した朝の路面をあるく どこまでもついてくるというので 少しアルコールの混じった息を吐きながら音楽会から帰ってきたところだ ピアノは痛かった、額縁の赤は鮮烈で、若者は愚かだった 冬の蒼穹は神の眼のように美しくうつろで 広場を行くきみと私にきのう出発した隊商の粒をななめに追わせる この翳のない入り組んだ街衢で 地図をなくしたのなら微熱する私の少年の白地図でたどってみないか 高層ビルやクレーンが青空の彼方に殷賑と霞む あるはずのない海の街に沿って チェレスタ、という楽器はどんなものか? 異国で憤死した男の奇妙な肋骨の共鳴板が悲しみのように鳴りやまない きみと私のはるか上方を永遠にさまようピンのような機影の疼き 濃醇な葡萄酒をしたたらすこのうえなく暗愚なオドラデクをわらう メリー・ゴー・ラウンドのまばゆさは爆撃の夜のどんな閃光の華麗さでありうるか きみと私のはなやかな零時の盛装の胸をはだけ 深く、やさしく屠られるよろこびの銛に 亡びに臨む巨鯨の二十世紀はどんな氷海を叫びとともに噴き上げるというのか 最後のページに描かれた漫画のネズミのイニシアルをつかみそこねて 世界は尻尾のかたちで小さな結末をむかえた 午後八時半、いっせいに発光する水上庭園の白紙の鳴りひびきのうちに すっかり酔っ払ってきみと私は音楽会から帰ってきた 不精髭を生やし、きみの手を引っ張ってあるく私は不機嫌ではない ジャガイモもアンディーブもわるくなかった 若者は愚かで、画は光に渦巻き、ピアノは純粋な銀のように痛かった 世の原初を思い起させる二十世紀の朝 ヤーノシュ! しかし とても暗いもののようにきみに触れてみよう 吸殻と原色のチラシの散乱する、一夜のあとのこのSHINJUKUという街で まぶしい顔をして朝の食堂でコップ酒をすする私は しかし 不機嫌ではない 着飾ったきみを連れ、どこにもない明るくきらめく荊棘の路を 海へ


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

めくれば

駿河昌樹



自由はク リネックスの 箱のなかの水の揺れ 離陸ばかりの 感覚イタニツイテキタネ と、いわれたので 蜜柑畑へ逃げたのですが 夜のとばり、ぷらすちっく愛とか、 うそじゃないみんな、出席しちゃって カードめくり忘れちゃって 午後一時の幼児で 足ばかり六階でも コードレスの近親憎悪、「ん」、で どのティッシュにも 触れてはいけない水でしょうから 蛇口ひねった時 戻ってらっしゃい 蜜柑畑、もう、いいから イタニツイテキタ午後 近親憎悪、めくれば? めくれば?


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

精子的

長尾高弘



絶望的にもてなかったので 四十になるまで入れなかった男 その女に巡りあえたのは奇跡的だった それでは早速と準備にかかる 出てきたときも頭が先だったから 入るときも頭が先 教わったわけでもないのに 器用に身体を折り曲げて ついに爪先まで収まった それから十月十日眠り続ける 最初は目立っていた女の腹も すっかり元通りになって 女自身何をしたのか忘れた頃に ぽろっとおたまじゃくしが転がり落ちた 精子からおたまじゃくしへの拡大 それが男の四十年の歳月である


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

桜 蛾の死骸

清水鱗造



雨のあと花びらが一枚ガラスに張り付いている 薄い皮膚を透けて見える血管が 女の手を思い起こさせる 見ればベランダの隅に 花びらは溜まっていた 敷居のこちら側に 蛾の死骸が落ちている 人差し指と親指でつまもうとすると すでにそれはほとんど粉になっていた 翅や鱗粉が日の中に細かく流れる あの人はたぶん 肋骨を宙に浮かせ せいせいしているだろう 死者の悪口を言ってはいけないというのは 完全な嘘だ 僕は悪口を言い続けるだろうし あなたはたぶん僕を覗いているだろう あなたの死骸も僕の死骸も 日の中に流れることによって 等価だね そして蛾の死骸もだが


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

スケルトン

清水鱗造



交合の図をスケルトンにしてみれば やわらかくなった煮魚の骨を 二枚重ねて あとは頑丈な骨盤を二枚重ねて そして頭蓋だ あの人は貧しくなっていた それもこれも 頭蓋がなした業績だよ 枝垂れ梅は実生でしか枝垂れないらしい あの頭蓋が また複数の頭蓋が 海の習俗にのっとって 文字を流してくれた 縫合線のある頭蓋がね 交合の図を骨にして透視してみれば 陰茎も膣も映らない ただ半開きになった顎骨が二つ カチカチ鳴り 歯に詰めた金属が黒く見えるだけ 庭にはイヌノフグリが 可愛く咲いているというのに


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

超常光

築山登美夫



1(超常光) 超常的な光に照されて男は踊つた 多様な次元のできごとの複合を 男は踊つた 多様な次元のできごとの複合した舞踏を 超常的な光に照されて 多様な次元のできごとの複合をビリビリひき破る舞踏を それが男の生の全体だつた 2(帯電) 彼はひき破いた 帯電した皮膚を 金いろの生命の束が内部を縦横にはしつてゐた 金いろの日の雨が劇しくふりそゝいであつまつてゐた 帯電した皮膚がハガネのやうにめくれかへつた すべての生命が露見したと思つた そのとき何も見えなくなつた 3(戦争) 戦争が始まつた 何も見えなくなつた世界で 叡智と奸計のいりくんだ夜のはてへ こらへきれずしたゝりはじめた細胞がなだれこんでいつた よぢれてへこんだ細胞(それはあなたであり私だ)その周囲に犇めく よぢれてふくれあがつたへんてこな細胞は語った 「高い空の下をとぼとぼと歩くのは何とまだるつこしいのだらう それでも間違ひなくこのみちは向つてゐるのだ〈共苦共死の共同体〉へと」 4(父母) 男の四肢から放射状に火花が飛び散つた 鼓動のはげしさが極まつた 出るのは今だと思つた 父母(チチハハ)との関係によつて形づくられた無意識のおぞましい倒錯から 〈父母ノ未ダ生レザル世界〉ヘ そこはゴワゴワと閉された闘争の界域だつた 繋がらないものだけを繋げてつくつた痙攣する脊骨だつた 5(天空) 天空に茶いろい臍の緒がながく脉うち そのさきにまんまるく睡る赤ン坊が泛んでゐる 雲の映像が次々に向う側へ流れ去る地面をすべつて行くと 奔騰する瀧があつて 男の躯はしぶきをあげて 金いろの縞模様の交叉する天空へ輪転していく 世界を囲む縁(ヘリ)のない壁がはつきりと見えた 6(乳と蜜) 《私は前世であなたの妻でした》 と云ひつのる狂女と暮した 《私はあなたの妻として地面に光るおびたゞしい乳くびだつたのです 蟻のやうに犇めく民衆のひとりだつたのです》 そんな来世の記憶がゆつくりと崩壊してゆく 《さゝくれだつた突起がいつせいにひとつの方向に靡いて 尖端からあたゝかい乳と蜜があふれました》 7(死の國) すべてのものが死んでゐる國で 男もまた死体となつて死んでゐた 黄金光が浸み出しては破裂してゐる大きな池があつて 焦げた植物の投げ込まれた黒い穴の底の角質化した國で 男もまたその國とみわけがたく角質化してゐたのだが 向う側からその國を瞶める青い眼には すべてがはりさけるほど澄んでかゞやいてゐた!


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

今日

布村浩一



子どもたちの叫び声 秋の日の明るい空に届いて ぼくはひっきりなしにコーヒーを飲み ひっきりなしにトイレに行き 今日も寝不足だ 子どもたちの小さなあいさつ 壁や相手の子どもに当たって 小さなワイワイが通りすぎていく 小さなワイワイが流れていく ハガキを出すために一周する道路の 秋の空の下を 黄色い服の子どもが二人 自転車に乗って通りすぎる 秋の空に意味はなかったが ただ青白く 丸く 丸く バックネットや 赤レンガの家が日を浴びていた きみたちの話し声が輪のようにカチンとあたる アパートのよこの平らな地 土の上できみたちのバイバイは回る トイレに行きたい身体 コーヒーを飲みたい身体 畳の上を歩きまわってひとりの足 指の近くで点線がきえる ぼくは今日は声を出す空気になりたい


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記


谷元益男



いつもの道を 車で大きく曲ったとき 兎が轢かれ 肉片が飛び散っていた それが 猫でないと 見分けられるのは 毛が周囲と同じ枯れ草色をして 耳が路面に長く立っていたからだ 次の朝 同じ場所を走った時 血は黒味をおびて 兎とは別な生きものの 形となり 行き交う車輪に 歯型をつけていた 潰された影が ウインドーガラスに張りついている それから何日か経って 通ると 肉は鳥がついばんだのか ほとんど残ってなく 兎の皮だけが 野山を走った夢をうつすように ゆっくり跳ねる 長く路面に立っていた 耳は そこにはなく 降りる車のバックミラーに するどく映っている


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴

沢孝子



庭園のイメージにかこまれる不安のようなもの 張りめぐらされた金網の少女 孤独なくらしの 秘密の心に流れる溝川とくらい洞穴 拆を打つ溝川の音があり 祖霊を祈る洞穴の声があり その不安の本質は見分けられない 子供が生まれ 孫が生まれ 平和なムードにやってくる 危機の空がある 汗つぶ 牛の息 煙 ヤットコ コンベヤー たれてくるさとうきびの思い出に 硬直してくる月 呼び寄せる空の舌がなぜまわしている象徴 噛みしめている 飢えの深さの緊張の 一メートル五十センチの幅をもつ 秘密の心をながれる溝川 庭園のイメージに 叩きはじめる拆の音の 照らしだすサーチライトの夜の頭脳が さそいだすハブのうねりで もぐりこむくらい洞穴 たれてくる金網の少女の思い出に 不可解なニジの組織があり 警告の雨に濡れる 恋文に引きずられる夕暮れの ぽき、ぽき、と骨をけずる耳の病 救急袋にしまいこんだ履歴をふりかえる ニジのぶしょうの組織の位置 庭園のイメージに救急袋の異様な目が濡れる 行けとむかっていった 秘密のくらい洞穴の 異質な空間のつぶやきがあり 祖霊の毛をかきわけて模索した 少女の金網の無知にしみる やくざな幼虫 踊りくるう形相 飢えの本 鉄板の性器 固い言葉の皮膚をむいて 捨ててきた祖霊を抱きよせる夜の物語 夕暮れになるとひきずる恋文の 沈黙の風の誘いが怖い 三LDKの団地の居間に 二千年の衣を脱ぐ決意があり 覗きこむ 秘密の心のくらい洞穴 三百本の竹が乱立してくる嵐のてざわりに 庭園のイメージへ 龍巻となりわきあがってくる祖霊の祈り 都会の孤独なウニの子育てがある 皮膚の刺の年月 閉じてくる海の言葉の 愚痴のどじょうがながれだす溝川 怒る茶碗の秘密の心には 金網の少女の長い道のりの旅 無知にかがやく星群の死霊の出会い 行けとむかっていった 異質な空間のつぶやきにある 皮膚の刺の都会の位置を確かめて 受身である茶碗の みもだえるどじょうの 置き去りにした海の大画面をひろげる ウニがなしへ添い寝する愛 拆をたたいているうす笑いのハブのうねりで 庭園のイメージへ 牢獄となる道のりの 脅迫観念の死霊の空を噛みしめる 冒険を試みて爆発となった根や草や土 庭園のイメージへ 背負う竹籠の逆らい 大地に戯れる神の糞を拾い集めた 金網の少女の掌には きらきらとひかる汗つぶ 転々とした労働の煙 牛の息にある無知 ヤットコがかきまわす空 コンベヤーに運んだ神の糞 石垣にたれるさとうきびの死があり 踏切に硬直した月の失恋があり 耳の病のつぎはぎだらけの言い訳 隠す履歴のじめじめした救急袋のかたくなさ やくざな幼虫がずりおちる 踊りくるう形相の摩擦がある 飢えの本でよこたわる樽腹の 居心地のよい鉄板の性器をひらく 愚痴のどじょうをなぜる風の 怒りの茶碗がだまりこむひだまり 古代からの抵抗のような長い道のりに 堪えきれない無知の空にかがやく星群 死霊がかけめぐる海鳴りを追うと 空を切断した法令がたれてくる 大地の戯れの神がみが振り落とす 金網の少女が背負う竹籠の海の言葉の亀裂は忘れない 校舎の威力の砂浜の根の草 ウニがなしが語る壷の骨の物語 くりゃくりゃ二千年の衣のてざわりにもえる ニジのぶしょうと別れる泉の石の恋文 がやがや不可解な組織の警告にわきたつ 庭園のイメージに 置き去りにした海の大画面をひろげ 冒険を試みる爆発 よこたわる樽腹の裸景をさらす ケンムン(悪霊)とつきあう優しさ ずうずうしく拆を叩く居心地の自由さ 祖霊の祈りの原点にうずくまる 壷の骨の極限にある 物語のくりゃくりゃ 泉の石の交尾にある 恋文のがやがや 興奮してくる ケンムンとつきあう優しさの 古代からの抵抗のような秘密の心 庭園のイメージに 一メートル五十センチの溝川のながれと三百本の竹が乱立してくる洞穴のくらさと

(改稿)



表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

宮沢賢治論
――『雁の童子』考――

木嶋孝法



 宮沢賢治の作品のいくつかが、聞き書きという形態をとっているように、『雁の童子』もまた、一人の巡礼の老人から、中国のマクラカン砂漠でわたしが聞いた話という体裁をとっている。
 奇妙な話である。須利耶という人物がいて、鉄砲を持った従弟と野原を歩いているとき、従弟に向かって慰みの殺生を止めるように言う。しかし、従弟は耳を貸さず、ちょうど飛んできた雁の群れを撃つ。〈殺生〉を戒めることが主題なのかなと思っていると、従弟に撃たれた六羽の雁と、傷ついていない小さな雁が落ちてきて、人間に変わり、「私共は天の眷族だが、罪あって雁にさせられていた。報いを果たしたので天に帰る。ただ孫だけは帰れない。あなたに縁のあるものだから、お育て願います。」と言うのである。
 すると、天で犯した罪のために雁の姿にされていた六人は、撃たれたことによって罪を償い終わり、天に帰ることができたことになる。従弟は、天の眷族をむしろ救ったことにならないか。一方で殺生を戒め、一方で殺生が救済の側面を持つという奇妙な設定は、もっぱら童子を須利耶に預けることに専心しているからだと思える。
 それにしても、童子はどうして撃たれもしないのに落ちてきたのか。また、雁の呪いを解かれたのか。さらには、みんなといっしょに天へ帰ることができないのか。
 これらの疑問に答えているのは、話の終末部らしい。
 町はずれの砂の中から掘り出された、沙車大寺の壁に描かれた三人の童子を見て、須利耶が《この天童はどこかお前に肖てゐるよ》と言ったときには、童子はもう倒れかかっていて、須利耶の腕の中で《おぢいさんがお迎へをよこした》と言うのである。須利耶が、何かに気づきかけたところで、童子もまたこの地での使命を終えたかのようである。そして、最後に童子は、自分が須利耶の息子であること打ち明け、沙車大寺の壁の絵は、須利耶が前(前世?)に描いたものであることを告げて、おそらくは息絶えるのである。
 わたしは、賢治が信奉していたという『法華経』の「信解品」の中にある〈長者窮子の喩え〉を想起する。家を出て放浪していた息子に、父である長者が、いきなり自身が父であることを告げずに、わざと掃除夫として雇い入れ、死ぬ時になってすべてを打ち明けるという話である。法華経作者(ら)の意図は、明瞭である。仏の慈悲とは、かくも深いものだ、ということに尽きる。父と子の関係が、逆転しているとは言え、『雁の童子』は、雁の童子の慈悲深さを、言い換えれば、仏の慈悲深さを讃ってはいない。父が何かに気づくのを待って、ひたすら試練に耐えているのである。


《(雁のすてご雁のすてご
  春になってもまだ居るか。)
 みんなはどっと笑ひまして、それからどう云ふわけか小さな石が一つ飛んで来て童子の頬を打ちました。(中略)
(よくお前はさっき泣かなかったな。)
 その時童子はお父さまにすがりながら、
(お父さん、わたしの前のおぢいさんはね、からだに弾丸を七つ持ってゐたよ。)
と斯う申されたと伝えます。
 巡礼の老人は私の顔を見ました。
 私もじっと老人のうるんだ眼を見あげて居りました。》

 作者が感動を強要しているとまで言いたくはないが、感動的な場面ではあるらしい。童子は、自分の受けた苦痛など、おじいさんの受けた試練の比ではないことが言いたいらしい。あるいは、童子は使命を果すまでは、数々の試練に耐えている、という風にも取れる。
 この他にも作品は、童子の挿話をいくつかあげている。ある晩のこと、童子は熱を出す。水が昼も夜も流れることを聞くと、その熱は治まったという。また、こんなこともあった。

《童子は母さまの魚を碎く間、じっとその横顔を見てゐられましたが、俄かに胸が変な工合に迫って来て気の毒なような悲しいやうな何とも堪まらなくなりました。くるっと立って鉄砲玉のやうに外へ走って出られました。そして真っ白な雲の一杯に充ちた空に向って、大きな声で泣き出しました。》(『雁の童子』)

《食はれるさかながもし私のうしろに居て見てゐたら何と思ふでせうか。「この人は私の唯一の命をすてたそのからだをまづさうに食つてゐる。」「怒りながら食つてゐる。」「やけくそで食つてゐる。」以下略。》(大正七年五月書簡)

 比べてみれば明らかなように、童子の殺生への異常なまでの嫌悪は、ほとんど作者のそれと同じである。引用には現れていないが、この時の童子の両親の途惑いも、作者の眼に映った現実の両親の途惑いと言っていいのではないか。

(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで荷物を一杯つけてひどい山を連れて行くんだ。それから食べ物がなくなると殺して食べてしまふんだらう。)

 この話を聞いた後では、須利耶はこの童子を少し恐ろしく思ったという。
 母親の驚きや父親の恐怖は、童子の反応が両親の理解を越えていたことを示す。この理解されないということが、童子のもう一つの試練であるように見える。それは、童子が天の眷族で、下界の人間の理解を超越しているからなのか、それとも、他に理由があるのだろうか。作品は、それは、父親たちが何かを忘れてしまっているからだ、と言っているようにみえる。壁画の三童子は、須利耶が描いたものだと告げる件りが、それに当たっている。

 不思議なことに、壁画の三童子は、須利耶が描いたもので、その一人は自分であることを打ち明けただけで、この作品は終わってしまう。童子の話を聞いて、仏心に目覚めた須利耶が、何かをしたというのではないのである。それだけに、作者は、父の改心にしか関心がなかったのだ、と言える。

《さて、寒い処、忙がしい処父上母上はじめ皆々様に色々御迷惑をお掛け申して誠にお申し訳けございません。一応帰宅の仰度々の事実に心肝に銘ずる次第ではございますが御帰正の日こそは総ての私の小さな希望や仕事は投棄して何なりとも御命の儘にお仕へ致します。》(大正十年二月書簡)

 この書簡は、家出した先の東京から故郷の花巻の父へ宛たものだ。ここで〈帰正〉と言っているのは、家の宗派を浄土真宗から日蓮宗に改めることである。つまり、父が宗派を改めた日には、自分の希望は捨てて、父のどんな命令にも従うと言っている。この時期の賢治の願いは、雁の童子の須利耶への願いに通じるものがあった。〈天の眷族〉とか、〈童子〉という言葉自体、自分は菩薩だ、人々を救う使命があるという意識の現れである。雁の童子の秘めた使命は、そっくりそのまま作者の願望だ、と言うことができる。『雁の童子』という虚構が、作者にとって、〈父〉への抵抗の砦なのである。 (了)


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

ものろおぐ

藤林靖晃



あれは黄色い四肢と人の影 何者か何処へ何処から 真昼の二時十五分老婆か少年か女か群衆か ぎらぎら照りつける陽の真下で無数の人が行き交い 裸体の老人が泥土をくわえる 彼は一本の草を握りしめ 花々の亡骸を砂上に植え数千年を待つ 微風が静かすぎる! 君は一体何をしている? 秒針の音が響き私はいちまいの紙片を捜している 今何時だろう 此処は何処だろう 埋没した印度洋と欠け落ちたロンドンブリッジは我々の手中にある 私は干からびた男の皮膚を見つめる 路上を蠢くひとびと 貴方たちは? 靴音と話し声が高すぎて心音が聞こえないではないか 待って欲しい ひとつの石ころを求めているのは誰か とうの昔に住んでいた彼の老女を呼んでみるが 直射する光がわたしの瞳孔を奪ったとしても 口腔は失った記憶の中に消滅しても 見知らぬ老人は笑っている嗤う 笑ってはいけないんだね ふゝゝ 君は何も彼も誤解している 君には解らない はゝゝ 君には 君達には 歩き給え 歩け 海の彼方に明りが生まれた知っているか 声ヲ 私ハ 聞ク 術ガ 無イ 唯物的な内臓を見ることができるとしても 滴り落ちる汗に大きな欲望を託すのだが アスファルトの上はいいね草も木も無い どれが現実だってどれが夢だって 何にも在りはしないだろう明るすぎる部屋全てが見える 老人は息づいているのか 烈風が指の上で 非在などと呼んではならない 微風が耳の中で この踝の黒いあざを見給えみろ逃げては不可ない たるみすぎた皮は何を暗示している饒舌を終えろ 動けないではないか私は怒声を欲するか考えないで呉れ 道が毀れる路が焼けるニューヨークシティに雨が 今は何世紀かって? 君達は疑いを抱きすぎる 私は数百年と瞬時の眠りの中へ静かにひっそりと落ちてゆく


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

バタイユノート3
バタイユ・マテリアリスト 連載第4回

吉田裕



6 二つのB・ブルトンとバタイユ
 二、三〇年代のバタイユにとって、最も重要な因子のひとつがシュルレアリスムであったことは確かである。『文学と悪』(一九五六年)の序文の冒頭で彼は、〈私が属する世代は、騒然とした世代である。それはシュルレアリスムの中に文学上の出生を負っている〉t9,p171と書いている。バタイユは、シュルレアリストの集団の一員ではなかったから、彼のことをシュルレアリストだったとは言えないだろうが、彼は自分のことを〈シュルレアリスムの内部の敵〉だったと言う。けっして外にいたとは考えていないのだ。またマソン、クノー、レリス、カイヨワ、モヌロ等彼の親しい友人は多くこの運動にかかわった人々であった。
 シュルレアリスムの最大の推進者だったのは、言うまでもなくアンドレ・ブルトンである。このブルトンとバタイユの関係には、結節点となる出来事が二つある。一つは先先回のノートでも触れた二九年の『シュルレアリスム第二宣言』と「死骸」というパンフレットの応酬であり、もう一つは三五、六年のコントル・アタックの結成と分裂という事件である。前者をめぐっては、「死骸」のひとつの記事である「去勢されたライオン」とそれに続くはずだった「サドの使用価値」と「老練なもぐら」*1がある。一方コントル・アタックの分裂をめぐっては、ブルトンやシュルレアリスムを特に名指した論文は書かれていない。この事件でバタイユとブルトンはたしかに激しく衝突するのだが、そこでのブルトンたちは芸術家あるいはインテリゲンチャ一般として現れており、したがってこの争いにおいては、シュルレアリスムが直接問題になったとは言えない。それに反して『第二宣言』と「死骸」では、シュルレアリスムそのものが問われており、バタイユとシュルレアリスムの関係がはらむ問題ははるかに鮮明に現れている。バタイユは生涯を通してシュルレアリスムを論じた文章を多く書いている。全集からブルトンとシュルレアリスムに関するものに、マソン、シャール、ダリ、ツアラ等に関する評論を合わせれば三〇を越える。数だけで言えば、戦前よりも戦後のほうが多いが、後者には、論争的というよりは反省的回想的なものが多く、その主題は二、三〇年代にかかわるものであるから、バタイユにとってのシュルレアリスムはやはり戦争以前の時期の問題である。
 戦後で重要なのは、四六年の「シュルレアリスムおよび実存主義とのその差異」、四八年の「シュルレアリスムの宗教」、また未発表のままで終わったが、五一年頃の回想記「シュルレアリスムその日その日」などであろう(いずれも未訳)。戦後のシュルレアリスム論を通読してみて印象に残るのは、シュルレアリスムに対する好意的肯定的な評価である。それは三〇年前後の激烈な批判と比べると意外な印象を与えるほどだ*2。そしてこれに応えるように、ブルトンは一九四七年『秘法十七』(刊行は四四年)をバタイユに送って、その献辞に〈人生のうちで知るに値した数少ない人々の一人であるバタイユに〉と書く。これはふつう二人の中が修復されたしるしと見なされる。だがブルトンにとってバタイユの存在は、どれくらいの重要さを持っていたのだろうか。彼がバタイユとの関係修復に同意したことは間違いないだろうが、右の献辞は刊本に書き込まれた個人宛てのものにすぎず、四六年の「シュルレアリスムと実存主義」でバタイユが『秘法十七』を誉めたあとのことである。もっとも思想的な関係は人間的な関係に還元されるものではないし、ブルトンとの個人的な人間関係がバタイユにとってのシュルレアリスムと関係のすべてであるわけではないが。
 しかし、バタイユとシュルレアリスムの関係を検討するに当たっては、人間関係を知っておく必要はあるだろう。前衛的実験的な運動体の常として、シュルレアリスムは度重なる離合集散を経験している。それを辿るのは煩雑な仕事だが、それでもその作業を行っておくことは、後のいっそうの煩雑さを避けさせることになる。また私たちはバタイユがナドーの『シュルレアリスムの歴史』を批判して、シュルレアリスムは集団の歴史ではないと言っていること*3を知らないわけではないが、特に外国の読者にとっては、基礎的な事実を押さえておくことはその先に進むために必要な条件のひとつであろう。
 バタイユとシュルレアリスムとの関係は、二四年に四才年下のレリスと知り合うところから始まる。彼はさらにレリスによって、画家アンドレ・マソンに紹介され、この二人はバタイユにとって終生の友人となる。同時に彼は当時ブロメ街にあったマソンのアトリエに出入りして、そこに集まる画家や詩人たち、マクス・ジャコブ、ホアン・ミロ、パンジャマン・ペレらと交遊を持つことになる。ところで二四年とは『第一宣言』が出た年である。これ以前にブルトンたちはスーポーの自動記述の実験、デスノスの眠りの実験によって多くの画家や詩人を引き寄せていた。マソンはすでに参加者であったが、『宣言』を経てさらに多くの詩人たちが参加しようとしている時期であった。
 バタイユは惹かれながらも参加はせず、距離をとり続ける。回想記である「シュルレアリスムその日その日」によって辿ってみると次のようである。二四年に彼は、この『第一宣言』をレリスから示され「読めたものではない」という感想を持つ。それ以外に証言は残されていないが、後から考えればバタイユは、〈地上を後にせんとあこがれる精神〉が称揚されているのに異和を感じたのだろうか。「溶ける魚」も自動記述の理論も彼の食指をさして動かさなかったようだ。だがレリスを通してブルトンから、彼の専門であった中世の文書から滑稽詩(ファトラジー)を訳してくれるようにとの依頼を受け、それは翌二六年の「シュルレアリスム革命」の第六号に掲載され、バタイユがこの雑誌に対する唯一の寄稿となる*4。この寄稿は無署名で行われるが、彼ははこれを機会にはじめてブルトンと会う。この時シュルレアリスム運動の総帥としてのブルトンの権威は絶頂にあり、バタイユは圧倒される思いを経験する。〈その時、シュルレアリストたちの様子は心打つものだった。彼らは人を常に強く印象づけた〉。しかしバタイユは同時にその権威主義的態度に強い反撥を感じ、またブルトンが自分に好意を持っていないことをも知ることになる。彼はブルトンが自分のことを「偏執狂」だと言ったということをレリスから教えられる。こうして彼はシュルレアリスムに加わることはない。この時期彼は、親しい友人たち――特にレリス――がシュルレアリスムに惹かれていくのを見て、孤立を感じていたようだ。彼は次のように回想している。〈私はただ私が愛している、そして私にとって重要な人たちをこの影響から引き離したいと願った。いずれにせよ私は、ブルトンがふりまいている不安が最も非屈従的な人々を苦しめ、彼らをアンドレ・ブルトンを動かすことのないものに対しては無感覚にしてしまうような世界で生きることは苦痛だと思ったのである〉。
 だがシュルレアリスムの側も一枚岩だったわけではない。二六年のモロッコ戦争を契機として彼らは「クラルテ」に接近し、政治化左傾化が始まる。その結果二七年にはブルトン、アラゴン、エリュアール、ペレ、ユニックが共産党に加盟する。だがアラゴンを除いてうまくゆかず、同年のうちに実際活動から離脱する。ブルトンは最終的には、三三年末に除名される。その反面「催眠実験」などは重視されなくなり、シュルレアリスムは初期とは違った性格を持つことになる。これによってアルトー、スーポー、デスノス、プレヴェールらとの間に齟齬が生じ、ある者は除名され、ある者は離反する。
 おそらく緩みはじめたたがを締めるために、また政治的な行動に踏み切るための準備として(二九年にトロツキーがソ連から追放され、ブルトンは彼を援助しようとする)、二九年二月一二日にブルトンは「共同行動に関するアンケート」を(本ノートの第2回参照)をシュルレアリストとその周辺の人々に送付し、三月一一日カフェ「シャトー・バー」に集まるよう要請する。これに対してバタイユが〈イデアリストの糞ったれどもにはうんざりだ〉という返答を寄せるのも前に見たとおりである。この以前にバタイユは、二七年に「松果腺の眼」「太陽肛門」、二八年に「消え去ったアメリカ」『眼球譚』を書いているが、理論的な言葉でイデアリスムへの批判を明言したのは、これが最初の機会である。
 このアンケートは、多くのシュルレアリストたちに去就を明らかするよう求めるものであった。そして「トロツキーの最近の運命を検討」するための集会は、大荒れの後流産する。そして離反者たちが、次の活動の場を求めて近づいたのが、二九年の四月に発刊されようとしていたドキュマンであった。バロン、デスノス、レリス、プレヴェール、クノー、リブモン・デセーニュ、ヴィトラック、デュシャンらは、バタイユをつてとしてこの雑誌になだれ込む。これを見てブルトンの側には、シュルレアリスム運動を妨害する意図が働いているような疑心が生じる。バタイユの側にも対抗するグループを作ろうとする意図がなかったとは言えないようだが、結果としてブルトンは激しい敵意を、この年の一二月、「シュルレアリスム革命」一二号の『第二宣言』というかたちで爆発させることになる。そこではバタイユが最も激しい攻撃にさらされる。
 これに反撃するために計画されたのが第二の「死骸」であって、翌三〇年の一月一五日に出される。これはかつてアナトール・フランスを批判するために出されたパンフレットの題名をブルトンにぶつけたものだが、音頭をとったのはバタイユではなくデスノスであり、資金はドキュマンの編集者であったアンリ・リヴィエールが出す。執筆者はデスノス、リブモン=デセーニュ、プレヴェール、クノー、ヴィトラック、レリス、ランブール、ボワファール、モリーズ、バロン、カルペンティエルにバタイユの一二名で、それぞれに口汚いまでに激しい批判の言葉をブルトンに対して書き連ねた。この衝突は双方に甚大な被害をもたらす。「第二宣言」が掲載された「シュルレアリスム革命」誌は、それが最終号になるし、ドキュマンも、右のような有象無象の闖入者に苛立ったヴィルデンシュタインが資金を停止することで、三〇年末の第二年次八号で廃刊になってしまうからである。

7 「去勢されたライオン」
 バタイユはブルトンとのこの抗争に全精力をそそぎ込んだように見える。バタイユの反論は、公開された「去勢されたライオン」のほかに未公刊のものがいくつかあって、それはガリマール版全集の第二巻に「ブルトンとの論争資料」としてまとめられている。それらは「ブルトンへの手紙」「サドの使用価値」「老練なもぐら」と草稿類である。ほかに、この時期彼はいくつかの雑誌にブルトン、エリュアール、ツァラ、クルヴェルらの著作に対する書評を書いている(当然厳しいものである)。それからドキュマンの諸論文は、中にブルトンの名前は現れないものの、この論争の背景として読まれるべきだろう。なぜなら、ブルトンからのアンケートに応えたのが二九年二月のことで、その時彼はブルトンとの全面的な対決を決意したはずだが、そうであれば同じ年の四月に発刊されたドキュマンの最初の号の「アカデミックな馬」にはすでに、ブルトン批判がこめられていたと考えられるからである。一方ブルトンは『第二宣言』で、バタイユを批判するためにドキュマンの諸論文、「サン・スヴェールの黙示録」「唯物論」「人間の顔」「足の親指」、とりわけ最後にサドを引用した「花言葉」取り上げるが、これは単に偶然目に留まったためではなく、それらのうちにはっきりとバタイユの批判を読みとっていたからに違いない。このブルトンの批判に対する直接の反撃は「去勢されたライオン」で行われ、そのあと「サドの使用価値」「老練なもぐら」が準備され、ほとんど完成原稿の域にいたるが、未発表のままに残される。以後のドキュマンの諸論文では、アカデミックな雑誌をめざしていた出資者の機嫌を損ねまいという配慮がおそらく働いていたためだろう、相変わらずブルトンを名指すことは行われないが、前回に見たようないや増す物質性への関心には、それまで以上の対抗意識がこめられていたことは間違いない。
『第二宣言』でブルトンがもくろんだのは、自分とシュルレアリスムの立場を明確にし、新たな出発の基点を定めることであった。新しさは、社会的政治的な問題の発見とそれと対立するように見えるがシュルレアリスムの秘教化という二つの志向をともに押し立てることであった。彼は〈私たちの宿命は、現に私たちがそうしているように、全面的かつ無制限に唯物史観の原則に同意することだ〉あるいは〈シュルレアリスムは・・・社会的にはマルクス主義の公式を断固として採用するものである〉と言っている。同時に彼は〈私の願いはシュルレアリスムの深遠、誠実な秘教化occultationである〉とも言う。この途上で、先駆者と認められていた詩人作家を退け(例外はロートレアモンくらいである)、同様にデスノス、マソン、ヴィトラックらかつての同志たちも退けられる。バタイユはシュルレアリスムのグループには一度も参加したことがなかったにもかかわらず、これら離反派の中心とみなされて激しい批判を浴びることになる。
 ブルトンは、バタイユがことさらに汚れて堕落したものばかりを取り上げるのを批判する(この頃には『眼球譚』を読んでいたことだろう)。ブルトンはドキュマンの「唯物論」中の〈生のままの諸現象の、一切の観念論を排除した直接的解釈である唯物論は、もうろくした観念論とみなされないためには、経済的・社会的現象の上にじかに基礎をおかねばならないだろう〉という一節に引き、〈古めかしい反弁証法的唯物論の反撃が、今度はフロイトを通って安易に己の道を切り開こうとしているだけだ〉と述べる。また〈「観念」に対する彼の病的な恐怖は、彼がそれを伝達しにかかる瞬間から、観念的傾向を取らざるをえない〉とも言っている。ブルトンからすれば、バタイユのいう物質は、弁証法的また史的唯物論に媒介されないために、再び観念化されてしまうのだ。
『第二宣言』を読んでバタイユが、〈シュルレアリスムの理念がめざすのは、ただ単に私たちの精神の力を全面的に取り戻すことである〉というような箇所に苛立ったことは想像に難くない。「去勢されたライオン」は、ことの性格上ほとんど悪口の応酬に近く、論理的な批判が展開されているとは言いにくいが、批判の眼目を読みとることはできる。彼の批判は、ここでは彼個人への批判に対する反批判に限定されず『第二宣言』の全体、すなわち今上げた二つの事項に応じるものである。神秘化と左傾化は、バタイユを読者にはすぐ分かることだが、バタイユにも現れる傾向である。だがそれはブルトンの場合と少し違っている。この違いにバタイユは苛立つ。ブルトンの言う秘教化についてバタイユは、次のように反論している。〈ほとんど不可避な精神的な去勢に関して、どんな人間もが持つ忌まわしい意識は、通常の条件においては、宗教的な活動に翻訳される。なぜなら右に言われた人間は、グロテスクな危険を前にして逃走するため、またそれにもかかわらず存在しているという感覚を味わいたいために、自分の活動を神秘的な領域においてしまう〉すなわちブルトンの秘教化は、精神的な高みへ登ってしまうことからくる不安を隠蔽するためなのだ。〈誰も神秘的な自由など望みはしない〉とバタイユは言う。他方政治化については、ブルトンが二七年に共産党に加盟したことを念頭に、近代社会の解体に際して〈革命的言辞の貧しい駄弁〉に陥ったと攻撃する。しかしこれらの批判は十分論理的に展開されたとは言えない。その仕事を継続するためにもっと詳細な論文が着手される。

8 「サドの使用価値」
『第二宣言』でブルトンは、バタイユを批判するためにドキュマンの論文を取り上げているが、それらの中でバタイユが第一に反応したのは、サドにかかわるものである。応酬がサドをめぐって展開されることになったことには、バタイユの側に常日頃から、シュルレアリストたちが、サドを愛玩物化し、破壊的性を曖昧にし、骨抜きにしてしまっていることへの批判があった(〈サド讃仰者たちの振る舞いは、初期人類たちが自分たちの王に対したときの振る舞いとそっくりである。原始期の臣下たちは、王を深く憎悪しつつ賛美し、一方で完全な無力な人間にしておきながら、なお賛辞でこれをおおったのである〉と彼は言っている)。具体的には、バタイユは、サドが美しい薔薇をわざわざ取り寄せては、汚水溜の上でその花弁を毟り散らしたという挿話を引いて、サドのうちには美しい花弁の下には雄芯という醜悪なものがあることを明らかにしようとする意図が働いていたことを示そうとするのに対して、ブルトンはそれが図書館員の夢想にすぎないと揶揄したあとで次のように言う。〈けだし、サドの場合は、その精神的・社会的解放への意欲は、バタイユ氏のそれとは反対に、はっきりと人間精神をしてその鎖をかなぐり捨てさせる方向をめざしており、その行為を通じてひたすら詩的偶像を非難しようとした、つまり好むと好まざるとにかかわらず、一輪の花を、誰でもそれを贈りうるという範囲で最も低俗な感情と同様に高貴な感情のきらびやかな伝達手段に仕立て上げるあの常套的な「美徳」を非難しようとしたと考えざるをえないのである〉。
 バタイユが反論するのは、仮に薔薇の挿話が伝説にすぎないとしても(バタイユはモーリス・エーヌに手紙を書いてそのことを確認している)、ブルトンの読み方のうちに、図らずもブルトンのイデアリスムが明瞭に見えてきたからである。サドの伝説に「美徳」への批判を読みとることはその限りでは正しいかろう。だがそれもやはり、バタイユからすれば十分な激しさ、正当な激しさを持ってはいない。なぜならたんに美徳に対する批判にとどまらず、その対極にあるもの、すなわち汚辱と残酷に満ちたものを明瞭にするところまで読まれない限りは、この挿話――事実であれまた伝説であれ――の十分にサド的な読み方にはならないからである。サドの物語の本当の価値は破壊と残酷をそのまま提示したところにある。しかしそう言うだけなら、それはまだ読み方の違いにすぎない。だがこの論文でバタイユは、この違いが思想上の違いにあることを証明しようとする。それが一九項目に及ぶ後半部の作業である。
 バタイユは第一節で、世界が多くの場合宗教と世俗の二つの部分に分かれてきたことを指摘し、前者をそれが溜め込んできたエネルギーの非生産的な排出にかかわるために「排泄excretion」、後者を生産を旨とするために「獲得appropriation」だと定義する。宗教はその非生産性によって俗世間から区別されるが、このように排除されるものをバタイユは、「異和体un corps etranger」と呼んでいる。そして彼は、獲得は対象を同化することであるために同質性を、排泄は切り離すことであるために異質性を与えると考え(第三節)、これらの対比は、バタイユにおいて最も一般的には、ホモ(同質)的とヘテロ(異質)的という表現でとらえられることになる。この対比が単なる二項対立ではなく、相互に循環するものであることが繰り返して協調されていることに注意しなければならないが、それは後にバタイユの一般経済学の根幹になるものであって、今回が最初のあらわれであろう。そして後者にかかわる探究を、バタイユは「異質学heteroligie」の名前で構想する。一時期彼はこれに学問的な体系を与えようとし、さまざまのデッサンを行うが(それらは全集第U巻に「異質学に関する資料」として集められている)、その最初のあらわれが「サドの使用価値」である。だが異質学の方面へは、今は立ち入らない。
 同質的で異質者を排除する社会、実際上はブルジョワ社会として現れるこの社会に対する不満と批判は、シュルレアリスムと共通するところであろう。しかしながらバタイユの特異なところは、この異質なものをより深く分析し、異質さの本質をさらに見出そうとするところである。第六節で彼は次のように言う。〈しかし次のことを広く認めなければならない。すなわち宗教は聖なる領域の内部において、深い分裂を引き起こし、それを高く優れた世界(天上的で神のものなる)と低く劣った世界(悪魔的な世界、また腐敗の世界)へと二分する〉。この更なる分裂は、同様に「消費の概念」以後の読者には親しいものだが、はじめて現れるのはこの時のことである。そしてこれらのうち前者の崇高な世界は、異質性を本質とするはずであるのに、権力と合体し、同質化してしまう。それはこれまでのあらゆる宗教、あらゆる王権の辿った道である。それに対して〈ただ低い領域のみが、獲得の努力のことごとくに抵抗する〉。こうして彼は、ただ低いものだけが異質性を貫くのだと主張するにいたる。こうした主張が、ドキュマンの「アカデミックな馬」「足の親指」「かたちをなさぬもの」「低次唯物論とグノーシス」などと通底していることは明らかである。
 低い領域に属するものとは、死、破壊、腐敗、恐怖、残酷さである。人間はこれらに惹かれる部分を必ず持っている。それは隠され、押さえつけられているが、どこかで必ず頭をもたげる。バタイユは第一三節で次のように言う。〈人間の世界のただ中で恐ろしく、また聖なるものだと主張するすべてに参与するということは、限定された無意識なかたちのもので起こる。しかしこの限定と無意識は、かりそめの価値しか持たないことは明らかである。そして人間を死や、死体や、また身体の恐ろしい苦痛に結びつけるエロチックな絆に対するますますシニカルな意識の方へと、この人間たちを引っ張っていくのである〉。そしてこの過程をもっとも見事に実践して見せたのが、バタイユによればサドなのだ。執拗に繰り返される陵辱、殺人、背徳のさまざまは、異質なものへの関心を決して高貴なものへと回収させることなく追求したしるしである。そして死体や恐怖とは、バタイユの言うところの物質性なのだが、この意味ではサドとは物質の最大の探求者なのだ。
ところで、サドにおける死や死体が物質性を表しているとすると、ここにもう一つの運動が絡んでくる。言うまでもなく革命の問題である。それはサドが大革命に深くかかわった作家であることから当然推測されることだが、もっと原理的に言えば、物質の運動そのものに触れることであったからだ。物質の運動に触れることは、高貴な異質性によっては、仮にそれが異質性のひとつであるとしてもなされえないことである。ここにサドの世界と革命の世界のある共有性が生まれる。バタイユは「サドの使用価値」を、ほとんど同時にプロレタリア革命の文脈と重ねて叙述している。だから彼は「老練なもぐら」へとわたっていく草稿のひとつの冒頭に、マルクスから〈自然におけると同様、歴史においても腐敗は生命の実験室である〉という一節を引用し(これはのちに「老練なもぐら」のエピグラフとしておかれることになる)、最後にサドを連想させる次のような一節を書き記す。〈最も強く感覚可能で人間的な展開は、それ以来サディスト的な意識、すなわち解体の過程を積極的に評価することに結ばれている。この過程の中では、人間の精神が悲劇的なやり方のみならず、低次で恐ろしいまでに卑俗なやり方で巻き込まれている〉。ここでサドの思考と革命の思考は共鳴し、互いに促し合って物質性を見出すのである。
 バタイユは、彼がこれまで関心を集めてきた物質性(不浄なものとして現れる)が、単に文学的なイメージではなく、社会的な作用をも持つものであることに、サドを媒介にして触れようとする。物質性の作用の及ぶ領域を社会にまで拡大しえたのは、これがほぼ最初である。それは頭の中では考えられていたであろうけれども、ドキュマンの論文ではなしえなかったことである。この点で「サドの使用価値」はたしかにきわめて高い使用価値を持ち、また同時にブルトン批判ともなり得たのだ。

*1「去勢されたライオン」は未訳。「サドの使用価値」と「老練なもぐら」は、『バタイユの世界』(青土社一九七八年)。ただ前者は、訳されているのは前半部のみである。
*2『第二宣言』に対する反論は、単なる否定ではなく、肯定の上での批判である。「老練なもぐら」でバタイユは、〈とはいえ『第二宣言』を読んでも別に大した感銘を受けないというような手合いには、同情を禁じえない〉と書いている。
*3『シュルレアリスムおよび実存主義とのその差異』。ただしこの『シュルレアリスムの歴史』(稲田三吉他訳、思潮社)は、ここでは多く参考とした。ほかに参照したのは、Beartの評伝であるAndre Breton, Calman Levy, 1990、Philippe AudoinのLes surrealistes, Ecrivains de toujours、またプレイヤード版のブルトン全集の年譜である。
*4 無意識というある意味できわめて観念的な世界を探究しようとするブルトンらの自動記述の言語に対して、この時バタイユが手を染めたのがラテン語が世俗化し解体していく過程で生まれたファトラジーだったということは、両者の志向が対立するものであったことをすでに明瞭に示していたといえる。酒井健氏の指摘による。


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

ハイパーテキストへ(連載第3回)
----詩人のためのInternet入門Part.2 及びその後のWindowsヘルプ

長尾高弘



 前号は、「詩人のためのInternet入門 Part 1」というものを書かせていただいたが、あまり「詩人のための」ということにはならず、ただのInternet入門になってしまった。今回はPart 2として、ホームページの作り方を書くべきところなのだが、これもあまり「詩人のための」話にはなりそうにない。年賀状の下の方にホームページのURLを書いておいたせいか、最近あちこちからアクセスがあるが(まぁ、1日7、8件といったところだが、以前は自分がアクセスしなければ、毎日0件だった)、それらあちこちから地味だねとか、凝ってないねと言われてがっかりしてしまった。地味というか、グラフィックデータが少ないのは、ディスク容量がキツキツなのと、私自身がグラフィクスの多いページを好まない(表示が遅くてイライラする)からなのだが、しかし、あまりホームページらしくないホームページを持っている人間が、他人様にホームページの作り方をお教えしましょうというのもおこがましいので、Part 2は簡単に済ませてしまおうと思う。
 ホームページを作りたいときには、まず色々なホームページを見て、やり方を研究することである。ホームページの記述言語であるHTML自体は簡単である。裸のテキストを<何とか>...</何とか>というタグで囲んで飾りやリンクを定義すればよい。翔泳社から出ている「インターネットホームページデザイン」という1時間で読める本を読めば誰でも何かしら格好のつくものは作れる*1。そして、Netscapeなどのブラウザで面白そうな機能を持つホームページのソースコードをセーブすれば、その機能を盗むことができる。書き方が理解できたら(もちろん、書きながら理解するという方法もある)、ローカルディスクにこれから作るホームページと同じディレクトリ構造を作って、そこにファイルを書いていく*2。専用のHTMLエディタというものもあるが、私は普通のテキストエディタでちょこちょこと書いてはセーブして、Netscapeの“Open File”コマンドで実際に表示して不具合を訂正している。これで完全というものができたら、ftpを使ってローカルディスクのディレクトリ構造をそっくりホームページ用の領域にコピーする。大事なことは、頻繁に手を入れることである。一度見たら、はいそれまでというホームページではつまらない。気にいってくれた人に繰り返し見に来てもらえるようなものにしたい。更新履歴のページを作っておくと、作成者の側の管理にも役立つし、2度目以降のお客さんにも、どこを見たらよいかがすぐにわかって便利である。恥ずかしがらずに、サーチエンジンなどに登録して、宣伝するのも大事だ。最後に、その後見つけた(あるいは教えていただいた)詩関連ホームページのURLをリストアップしておこう(文末参照)。「詩人のためのInternet入門」は不発だったが、「詩人のホームページ」は増えている。
 ところで、最近、私のホームページでは、Windowsヘルプ版のBooby Trapを公開した。18号でWindowsヘルプ版の詩集についての記事を書いたときから今までの間にWindowsヘルプにも大きな変化があった。言うまでもなく、Windows 95のリリースである。Windowsヘルプも、Windows 95がリリースされてバージョンアップされた。新しいバージョンのヘルプエンジンは、古いバージョンのヘルプファイルも表示できるが(しかし、若干の非互換性はある)、古いバージョンのエンジンは新バージョンのヘルプファイルを表示することはできない。両者の差は色々あるが、ヘルプを見る側から考えて大きいのは、CNTファイル(トピックファイル)というものが追加されたこととフルテキストサーチ機能が追加されたことだろう。
 CNTファイルはなければないで構わないファイルだが、あればヘルプ本体のウィンドウとは別のウィンドウでヘルプファイルの目次を表示することができる*3。そして、複数のヘルプファイルのキーワード*4を統合するための鍵を握っている。従来のバージョンでは、「検索」ボタンでキーワードリストのウィンドウを表示しても、そのときに使っているヘルプファイルのなかのキーワードしか表示されなかったが、新バージョンでは、CNTファイルでヘルプファイルのリストを書いておけば、それらのファイルのキーワードをまとめて表示してくれる*5。たとえば、Booby Trapを号ごとにヘルプファイル化し、著者、作者名をキーワードとして登録しておいた場合、従来バージョンなら、特定の著作者名を選択しても、リストアップされる項目はそれぞれの号の作品だけだったが、新バージョンなら、1号から最新号までに含まれるのその著作者の作品がずらりとリストアップされる。これは連載記事を読むときには重宝しそうな機能だ*6
 フルテキストサーチ機能*8は、ある特定の語を含むトピックをリストアップしてくれる機能である。従来のキーワード検索の場合、ヘルプファイルの作成者が決めたキーワードしか使えないが、フルテキストサーチなら、エンドユーザーが検索対象の単語を自由に決められる。たとえば、19冊のBooby Trapで「時間」とか「音楽」といった単語がどこで使われ、どのように使われているかを比較することができるわけである。
 ヘルプの改良ではなく、Windows自体の改良ということだが、明朝のフォントが比較的小さいポイント数でも明朝らしく表示されるようになったのも、ヘルプ版詩集、詩誌の作成では大きな意味を持っている。ちょっとフォントの表示がよくなっただけで、不思議と内容を読んだ印象も変わるものである。その他、18号の原稿を書いたころには気づかなかったテクニックもいくつか見つけたが、これらはいちいち説明しているときりがないので話を先に進めよう*9
 今まで、ハイパーテキストという言葉をあまり明確に定義せずに使ってきた。ちょっと古い本だが、「考える道具としてのMacintosh/HyperCard」(梅村恭司著、1989年共立出版)という本は、「文章の関連ある項目の結合関係を保持し、多角的な方法で見れるような電子情報をHyperTextという。HyperTextは人間の頭のなかにある形態に近い形で文書を保持しようとしたシステムである*13」とうまくまとめた上で、参考文献も紹介してくれている。そして、「裸のHyperCard、または少しスクリプトを追加したくらいのHyperCardをHyperTextと考えてはいけない」とも述べている。この部分を読むと、いつもハイパーテキストという言葉をあまり気楽に使ってはいけないような気分になる。
 しかし、だからといってコンピュータ学者ではない私などがこの本で紹介されている学術論文集を読んでHyperTextの正しい定義を理解したところで得られるものはあまりない。それよりも、自分がどのようなものを求めているのかを突き詰めていくべきだろう。
 Booby Trapの全部の号をWindowsヘルプファイルにまとめる仕事には、自分の詩集をヘルプにまとめたときには感じなかった面白さがあった。たとえば、吉田裕氏の現在の連載、「バタイユ・マテリアリスト」や18号以来の拙稿には、いくつかの註が含まれている。紙の本を読んでいると、この註というもののおかげでページをあっちにひっくり返しこっちにひっくり返しし、元々読んでいたところがどこだかわからなくなり、イライラするということがよくある。しかし、ヘルプ形式なら、註が必要なところをマウスでクリックすれば、別のウィンドウがポップアップしてすぐに註の内容を読むことができる。註は元々読んでいたところからそれほど離れていないところに表示されるので、元の文章にもスムースに戻れる。このようなWindowsヘルプの利点は、「長い夢」をヘルプ化しているときには思い付かなかったことである*14
 同じように、「長い夢」の作業では、キーワード検索*4のキーワードの選び方の重要性にも気づかなかった。「長い夢」では、「目次」とか各ページのタイトル以外にキーワードにすべき言葉は思い付かなかったが、「Booby Trap」の場合には、作品名以外にも、著者名とか、連載名とか、BT通信といった特定のコーナーの名前とか、さまざまなキーワード候補が考えられる。これをうまく構成すれば、たとえば連載記事を続けて読むときなどは、紙の雑誌よりもスムースに号の境界を渡っていける。
 このように、紙の形のBooby Trapをヘルプ形式に変換しただけでも、いくつかの可能性が考えられる。しかし、これだけで満足してしまってよいのだろうか? つまり、縦のものを横にするようなことだけで、「文章の関連ある項目の結合関係を保持し、多角的な方法で見れるような電子情報」という形式をフルに活用したことになるのだろうか? 新しい形式は、文章の構成方法自体を変える可能性も秘めているのではないだろうか?
 文章を書くときにいつも苦労するのは、さまざまなアイディアをどうやって文章の構成要素としてはめこむかである。アイディア自体はダンジョンのなかのアイテムのようにあちこちに散乱している。しかし、文章は冒頭から末尾まで1本の糸のようにつながっていなければならない。そこで、文章を書くという作業は、ダンジョンのなかのアイテムをすべて結ぶ一筆書きのルートを見つけるような迂遠な作業になってしまう*16。アイディア自体を磨くことよりも、アイディアを結ぶことに精力をそがれてしまうのである。
 よく考えてみると、文章のなかには、他の部分からは相対的に独立している部分が含まれているものである。これらを無理に一筆書きのなかに押し込もうとするから、苦労する。押し込めなくて、諦めることにもなる。そのような部分を本文からは切り離し、たとえば本文の適当な場所をクリックするとポップアップ表示されるようにしてはどうだろうか。
 実は、今回の原稿はそのような考え方で書いている。註が妙に多いのはそのためである。この部分は本文とは直接関係ないが、それでも書いておきたいと思うことは、どんどん切り離して註にしていった。これらはあとでポップアップできるようにすればよい。ここまで書いてきた感想では、ずいぶん楽になったような気がする。そして、読むという点では、紙に印刷されたものよりもヘルプ版の方がはるかに楽になっているはずだ。紙の方では、視線があっちに飛び、こっちに飛び、休まるときがないが、ヘルプ版ならそのような視線の移動はあまり大きなものではない。また、紙の場合にはすべての情報がとにかく印刷されて見えるところにあるので、ついつい全部読めという圧迫感を感じがちだが、ヘルプ版なら、本文以外のものは目に見えないので、リンクがあっても興味がなければいちいち読まない*17。また、一筆書き的な書き方をするときと比べれば、本文は短くなり、筋をたどりやすいものになるはずだ*18。梅村氏の「人間の頭のなかにある形態に近い形で文書を保持しよう」という表現には、そのような意味合いがあるのではないかと思う。
 テキストのこのような構成方法にどのような意味があるかはわからない。文章の味がなくなるだけさという批判もあるだろう。しかし、想像は現実を超えられない。さまざまな書き手によるさまざまな実例が揃わなければ、この構成方法の本当の意味はわからないだろうと思う。もちろん、いつまでたっても実例が揃わない可能性もある。だとすれば、この形式には魅力がないというだけのことだ。いずれにせよ、見極めには時間が必要である。そして、私はしばらくこの方法を試してみようと思う。
 コンピュータがらみの原稿を3回書いてきて、やっとそれらのターゲットがハイパーテキストだということがわかった。 しかし、今回はそれがわかったところで紙数が尽きた。機会があれば、また別の角度でこのテーマを取り上げてみたい。*19

*1 この本が出たあと、Netscape ver.2がリリースされ、Netscapeブラウザだけが使える拡張機能が増えている。そのなかでも、この文章の文脈で重要なのはフレーム機能だろう。これは、ウィンドウを分割して、質的に異なる情報を並置するものである。たとえば、淵上熊太郎氏の詩集「パーフェクト・パラダイス」が掲載されているページ(http://www.st.rim.or.jp/~dingo)では、ウィンドウを左右に分割し、さらに左側を上下に分割して、左上をパートを選ぶための目次、左下をパート内の目次、右全体を詩作品に割り当てている。左上で特定のパートを選ぶと左下のパート内目次の内容が変わり、パート内目次で作品タイトルを選ぶと右側の作品の内容が変わる。従来なら、ある作品が表示されているところからランダムに別の作品のページを表示したければ、一度目次に戻ってからその作品を選択して、都合二度の画面切り替えが必要なのが普通だったが、フレームを活用すれば一度の画面更新で目的の情報にたどり着ける。この機能の概略は、Netscape社のホームページ(http://home.netscape.com/assist/net_sites/frames.html)で説明されている。
*2 ローカルとリモート(ホームページとして実際に公開される領域)とで同じディレクトリ構造を保つのは、追加、修正、削除などのメンテナンスを円滑に行う上で重要な意味を持つ。両者がずれていたら、ローカルで充分にテストすることさえできなくなる。
*3 しかし、トピックウィンドウの目次で項目を選択すると、トピックウィンドウは消えてしまう。ヘルプウィンドウ上部の「トピック」と書かれたボタンをクリックすれば、また出てくるが、消えたり出したりする分、時間がかかってイライラする。また、トピックウィンドウが表示されているときには、ヘルプウィンドウをトピックウィンドウの手前に表示できず、ヘルプウィンドウを操作することができないのも、イライラする。Netscapeのフレーム*1の方が直観的である。
*4 キーワードとは、ヘルプファイルの作成者が各トピック(ページ)ごとに指定できる(指定しなくてもよい)単語で、たとえばヘルプ版Booby Trapの場合には、著作者名や作品名をキーワードとして登録している。このようにして登録されたキーワードは、トピックウィンドウのキーワードタブの下にリストアップされる。リストの上のテキストボックスに探したいキーワードの一部を入力するか、リストを直接スクロールして目的のキーワードを特定し、リスト内のキーワードをマウスでダブルクリックすると(あるいはリターンキーを押すと)、そのキーワードを登録しているトピックのリストが別のウィンドウに表示される(該当トピックが1つだけならそのトピックが直接表示される)。この新しいウィンドウでトピックを選択すると、ヘルプウィンドウに該当トピックが表示される。たとえば、キーワードタブで「清水鱗造」というキーワードを選択すると、別ウィンドウに清水氏が書いたすべての作品がリストアップされるわけである。連載記事を読むときなどに役に立つ。
*5 ところで、新バージョンでは、キーワードリストもトピックウィンドウに統合されている。トピックウィンドウは、「目次」、「キーワード」、「検索」(フルテキストサーチDLLがシステムに組み込まれている場合のみ)といったタブによって内容を切り替えられる形式になっているのである。
*6 旧バージョンでも、Booby Trapの1号から最新号までをすべて1つのファイルにまとめてしまえば、これは可能である。しかし、その場合、新しい号が出るたびにファイル全体をコンパイルし直さなければならない。新バージョンなら、1号から直前の号までのヘルプファイルには手を付けず、最新号のファイルを新しく作って、CNTファイルに変更を加えるだけでよい*7
*7 実際のヘルプ版Booby Trapでは、融通のきかないトピックウィンドウを使わなくても済むように、総目次ファイル(BT.HLP)と各号のファイル(BT01.HLP、BT02.HLP...)を作っているので、最新号が追加されたときには、総目次ファイルにも手を入れる必要がある。
*8 この機能はあまり知られていないようだが、それは普通にWindows 95をインストールしてもフルテキストサーチエンジン(FTSRCH.DLL)がインストールされないからである。この機能を使いたければ、Windows 95のセットアップCDをドライブに入れ、WIN95ディレクトリに移動した上で、ハードディスクのWIN95ディレクトリに移動した上で、MS-DOSプロンプトで

C:>extract /E D:win95_09.cab ftsrch.dll

と入力しなければならない(上記コマンド行は、ハードディスクがC、CD-ROMがDドライブと仮定している)。
*9 と言いつつ、ここで少し細かいことを書いてしまおう。「長い夢」ではルビの入ったページはなかったが、Booby Trapにはルビ付きの作品がたくさんある。Wordにはルビ機能があるのだが、ヘルプではそのようにして付けたルビは表示されない。そこで、行分け詩では文字サイズ、行高の小さい行と大きい行を互い違いにしてルビらしく見せる工夫をした。しかし、1段落分を1行分として扱う散文作品で、この方法を取ると、ルビの塊と本文の塊が分断される形になってうまくない。そこで、ルビ部分のポイントを落として全体を()で囲みルビが必要な部分の後ろに配置するという方法で妥協した*10
 もう1つは、行分け詩の長い行の処理である。Windowsヘルプは、長い行があると、基本的に右端で折り返す。しかし、行分け詩の長い行をそのまま左端から折り返したのでは、本当の行がどこまでなのかがわかりにくい。現代詩文庫などで取られているように、1字下げで折り返したいところである。これは、Wordで元ファイルを作るときに、ぶら下げインデントというものを活用すれば実現できる*11。ところが、ルビ付きの行をそのように処理すると、ルビ付き散文のときと同じような問題が出る。そこで、そのような作品では、1行が途方もなく長くならない限り、折り返しが起きないように設定した。このように設定したページでウィンドウの幅が最長の行の幅よりも短い場合には、水平スクロールバーが表示され、ページを上下だけでなく、左右にもスクロールできるようになる。
*10 これは初期の印刷されたBooby Trapでも取られていた方法である。
*11 Netscapeでは、折り返しの有無は設定できるが、1字下げの折り返しは不可能である。また、Netscapeでもルビは処理できない。ルビは、少なくとも英語などのローマ字言語にはない概念なので、アメリカの技術者にはサポートしようという頭は働かないのだろう*12。縦書きもグラフィックファイルでも使わない限り、実現できない。
*12 アメリカの技術者で思い出したが、Windowsヘルプのキーワードリストは、それぞれの言語のアルファベット順に並べられて表示される。だから、英語やフランス語なら非常にわかりやすい表示になる。しかし、日本語の単語は、文字ベースではなく、読みベースで並べなければ意味がない。記号、ローマ字、アイウエオ順のひらがな、カタカナ、JIS第1水準(おおむね音読みのアイウエオ順)、第2水準(部首の画数順)にきれいに並べられたリストに何の意味があるかは疑問である。
*13 同書12ページ。
*14 Netscapeでも、フレーム機能*1を使えば類似の効果が得られる。
*15 記号、アルファベット(AからZという順番。全角/半角を区別しない分、ただのシフトJISコード順よりもまし)、かな(50音順。ひらがなとカタカナを区別しない点が、ただのシフトJISコード順よりもまし)、第1水準の漢字(大雑把に言って、音読みの50音順)、第2水準の漢字(大雑把に言って、部首の画数順)という順番である。
*16 ただ単に文章の書き方がヘタだということかもしれないが。
*17 私の経験では、WWWの場合は、リンクをいちいち見ていたら時間がいくらあっても足りないし、イライラするので、リンクをクリックしないのが普通である。ヘルプでも、よほどのことがない限り、リンクをいちいち読むことはまずない。
*18 もちろん、本当に読みやすくなるかどうかは、文章の書き方とリンクの構成の仕方によって決まるはずだ。
*19 拙稿ではHyperCardについてはあまり取り上げてこなかったが、HyperCardは、間違いなくWindowsヘルプよりも数倍優れたシステムである。本格的なプログラミングが可能だし、そのプログラミング言語(HyperTalk)は、プログラミングの最先端のアイディアをいち早く取り入れている。 Windowsヘルプでは容易に実現できないことも、HyperCardなら実現できる。表示一つをとっても、Windowsヘルプよりはかなり凝ったものが作れる。
 しかし、私は今一つHyperCardにはなじめないでいる。1つの理由は、凝ったものが作れるから、凝ったものを作らなければならないというプレッシャーを感じてしまうことである。HyperTalkは本格的なプログラミング言語だから、自由に操るためには本格的に勉強しなければならない。Windowsヘルプは、グラフィックデータを貼り込むこともできるが、基本的にテキストを表示するためのシステムであり、テキストのことだけを考えていればよい分、私にとっては居心地がよい。もう1つの理由は、HyperCardがまさしくカードだということである。スタック(トランプの山から来た言葉で、要するにカードの集合のこと)全体でカードサイズを決めてしまったら、それを拡大/縮小することはできない。しかし、Macintoshはマルチウィンドウシステムなのだから、HyperCardのあるスタックと別のプログラムを併用するときなど、HyperCardのかちっと決まったサイズが邪魔になる場合がある。逆に、HyperCardだけをじっくり見たいときには、もっと大きくしたくなる。結局、カードサイズを決めるときには両者の間を取って、大き過ぎず小さ過ぎないサイズを選ぶことになるが、そのようなサイズはあまり使いやすいものではない。そして、Macintoshは日本語の表示に適した機械ではない。同じ17インチディスプレイをWindowsは1280×1024ドットで使うが、Macintoshは832×624で使う。Macintoshは低い解像度でかなり巧みにフォントを表示するが、それでも、この差は漢字の表示では致命的だ。

詩関連ホームページのURLリスト(Part2)


URL
内容
http://www.catnet.or.jp/srys
鈴木志郎康氏のホームページ。昨年刊行された魚眼レンズ写真集「眉宇の半球」のなかの作品と最新及び初期詩作品が含まれている。
http://www.singnet.com.sg/~kanji/
園下勘治氏のホームページ。プロフィールと詩集「最期の三輪車」の作品から構成されている。URLの末尾のsgはシンガポールを意味する。
http://www.asahi-net.or.jp/~DM1K-KSNK/
楠かつのり氏のホームページ。詩集「ペーパービデオ・インスタレーション」のテキスト全文と同氏のプロフィール、イベント予告など。谷川俊太郎氏のコーナーもある。
http://www.st.rim.or.jp/~dingo/
淵上熊太郎氏の詩集「パーフェクト・パラダイス」が全篇掲載されている。Netscape ver.1用ページは縦書き、ver.2用ページはフレーム機能を使ってきれいにまとめてある。
http://www.asahi-net.or.jp/~fd6y-tnk/
田中庸介、高岡淳四、澤尚幸の各氏が執筆する“kisaki treckers”のホームページ。「詩人の香りのする」山登りの雑誌。同誌がすべて掲載されている。
http://www.kt.rim.or.jp/~oqx/
Cyber Poetry Magazine O2X。鈴木志郎康、中上哲夫、淵上熊太郎、宮野一世、Arthur Binardの各氏の詩が読める。インターレースGIFの縦書き表示はなかなか美しい。
http://www.bekkoame.or.jp/~s-uchi/
七月堂内山昭一氏のホームページ。七月堂出版目録、川口晴美アンソロジーなどが掲載されている。グラフィクスがふんだんに使われている。
http://www.ifnet.or.jp/~kumac/
小熊昭広氏と中村正秋氏の詩誌「回生」のホームページ。最新の「た」号が掲載されているほか、バックナンバーも準備中。
http://www.kt.rim.or.jp/~shimirin
清水鱗造氏のホームページもついに登場。昨年刊行の「毒草」全篇と92、93年の週刊読書人書評など。Booby Trap全号が掲載されているほか、ヘルプ版Booby Trapもダウンロードできる。


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

近況

吉田裕
人間には、理屈づける前に自分の直覚による決断があるのだろうか。バタイユの発端に向かって遡ってきた。そこには物質性への恐ろしいような臭覚があると感じられるのだが、それがさらに深く、どこから来たものか、よく分からない。そのようなことは結局分からないことなのかもしれないが、それでもどのあたりで分からなくなるかをもう少し元のほうまで確かめてみたい。

築山登美夫
「Booby Trap」には久々の登場ということになります。昨年起こったこと――それがどのように揺れもどすのか、が今年は問われているのでしょう。世界とじぶんのあいだに防御の緩衝地帯をもうけて、ぼんやりと薄い表出の構築をくりかえすといった方法ではどうにもならないのではないでしょうか。いまTVを見ていたらニュースショーのゲストにロッド・スチュアートが出てきて、復興に努力する神戸市民の姿は英雄的だという意味のことを云っていました。昨年の重大ニュースでは世界中で震災・オウム事件・金融不祥事が上位にランキングされています。図体ばかり大きい化石のようになってしまっている不作為の権力を日本人がどうのり超えるのか、に来世紀の運命がかかっているといっても過言ではないのでしょう。共感できる雑誌がとくに詩のメディアでは少なくなってしまいましたが、しばらく以前からの『樹が陣営』と大阪から最近出ている『BIDS』はぼくの関心にいつもふれてきます。それ以外でのオススメは『宝島30』と『サンサーラ』でしょうか。いいかげんさの価値はうまく保存しながら、態度保留のあいまいさを今年こそ打破したいものです。(96/1)

田中宏輔
本作を書き終えたのと同時に、ショパンの『マズルカ・イ短調Op.67-2』の演奏が終りました。ウラジミール・アシュケナージの『ショパン・ピアノ作品全集』のCDで聴きました。本作の題名と同じように、「めちゃくちゃ抒情的」でした。そう言えば、きのう、付き合いかけている男の子と、「Shall we ダンス?」という映画を見て、その子から、「田中やて〜、あっちゃんとおんなじ、デブや〜」と言われて、プイッと、すねてやりました。田中という役名の役者は、少なくとも120キロはありそうでした。ぼくは、せいぜい100キロしかないので、ほんとに腹が立ちました。

倉田良成
私事になりますが、このたび結婚をしました(断っておきますが、初婚です)。公私にわたり、猛烈に忙しい時期はなんとか乗り越えたので、これからはこころを入れ替えて(?)中断している芭蕉論にとりかかろうと思っています。なにか、これまでとは違った展開になるような気がしている――というのは欲張った思い込みでしょうか? 冬ざれの酒に味噌ある最明寺 解酲子

長尾高弘
最近、プログラムの面白さに今さらながらにはまっています。プログラムはかならず予想した通りには動いてくれません。なぜ動かないのかを考えていくうちに自分の誤りがわかります。そのわかったときの快感がたまりません。


表紙-むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。-頭をたたくと、泣き出した。-草ゝ-朝、音楽会のあとで-めくれば-精子的-桜 蛾の死骸-スケルトン-超常光-今日--庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴-『雁の童子』考-ものろおぐ-バタイユ・マテリアリスト 4-ハイパーテキストへ 3-近況-編集後記

編集後記

今年一月から三月末まで、いろいろと私事が忙しく、ついに四月刊ということになってしまった。予約講読者の方、すみません。原稿があふれて次号の分もすでにいくつかある。この間、わかったことは原稿をフロッピーなどで受け取ったあと、すぐにページアップしてしまうことが作業をだいぶ楽にすることである。
ひとつ嬉しいことはいよいよBooby Trap関連のホームページがスタートしたことである。清水鱗造と長尾高弘のホームページをいまのところ中心にしている。HTML版とWindowsヘルプ版によって、創刊号から今号までのすべてのテキストが読める。上記のホームページを覗いてみてください。すでに二〇号については予告編を公開していたが、しばらくしてこの号もHTML、ヘルプ各版になる。

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.20目次]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp