三月うさぎ

倉田良成



ひとつ南の信号まで遠回りして渡る 冬の終わりの幹線道路のモールや旗はきらきらとして 幼年の日に見た青空の向こう側を思わせるから 私はたぶん、深く陥没した地の明るみに帰るために遠回りをする 岸根、北町、白楽を幻のバス停にして 雨が降ったわけでもないのに 煙草を買いに出る街が濡れて見えるのはどういうわけだろう? 偶然入った春の理容室で散髪をする わずかに誘う眠りの流路のうすやみに立つ きみの透明な悲しみは荒蕪の土地の百合よりもよそおっていなかった 岸根、北町、白楽を通って思い出の空にいたる 老人たちと乗る昼のバスはどこにもない異国をはしる まいにちきみが席の隣にすわるから この通勤は はるか先の晴れた日々にする、少し贅沢なついの旅行のような気がする (青木橋を越え、横浜という河口の向こう、国府津の海の色に迷わないか?) 風はまだ針のように冷たい 雲がはしり、陽が翳り、ふたたびかがやきだす街は まるで痛みのような三月の光の斑のなかにある 鋼鉄ブラシみたいに密生する私の頭髪のしらがは、きのう 甘い柑橘を積み上げたスーパーマーケットの店先できみが抜いた (やがて熟してくる死を摘み取るように?) 遠い垂れ幕や街路樹の葉があんなにきらきらとして見えるから もっと私の「南」は近いのだと思う もうあるわけのない「ROUTE 66」のヒッチハイカーのように 遠回りして信号を渡る 遠回りして橋を超える (幼年の日と永遠は、そう違ったものではない) 昼の月がかかる岸根、北町、白楽の果てをきみと一緒にさかのぼる 不思議な明るみのなかの、私は千年の客だ いま三月うさぎの影がステップを踏むこの街の出口 あたたかい水滴に光る路上からは花が、 猛々しい香りで私と、若いきみを襲う!

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.21目次] [前頁(昼夜)] [次頁(播種)]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp