耳の中に蝉がはひつたやうに
三半規管を巻いてバタバタと羽搏く音がつゞいた
それに遮られて寝室からダーリン、ダーリンと呼ぶ
愛人の聲がとぎれとぎれにふくらんだりちゞんだりした
玄関の扉がむかうがはから劇しく蹴られた
扉の内膜はうつぶせになつて燃焼してゐるやうだつた
それからわたしはおほきな胎内から押し出されて
宇宙の外へと誕生する新生児のやうに
狭隘な扉をくゞりぬけた
まだ生体だと思つた
内部で化学反応がたてつゞけにおこつてゐた
X線で透視されたやうに本質がめくれかへつた
ゆふぐれの修羅場が深夜になつて増幅した
そのまゝわけもわからずおびたゞしい劇が昇天していつた
*
「此の世界は死と幸福で出来てゐて
この二つともの世界から隔てられてゐると思つた
そしてぼくは死の世界へ
そのつよい放射能のなかへ出て行つたんだ」
そのときわたしはふいに爆発した
爆発してとりとめもなく拡がりつゞけた
おびたゞしい星、数億の星がキラキラ
廻りながら冷えていつた
この世界は死でいつぱいだと思つた
泡だつ赤ン坊がつぎつぎに生まれては
真赤に燃え尽きていつた
*
深夜の廊下をバタバタと駆け抜ける跫音とかさなつて
ダーリン、ダーリンと呼ぶ愛人の聲、その微塵に破裂した嘴が
すさまじい勢ひで遠ざかつた
わたしは極小の稠密な球体になつた
美しい夜の銀河が球体の内壁に散らばつた
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