銀河系

築山登美夫



耳の中に蝉がはひつたやうに 三半規管を巻いてバタバタと羽搏く音がつゞいた それに遮られて寝室からダーリン、ダーリンと呼ぶ 愛人の聲がとぎれとぎれにふくらんだりちゞんだりした 玄関の扉がむかうがはから劇しく蹴られた 扉の内膜はうつぶせになつて燃焼してゐるやうだつた それからわたしはおほきな胎内から押し出されて 宇宙の外へと誕生する新生児のやうに 狭隘な扉をくゞりぬけた まだ生体だと思つた 内部で化学反応がたてつゞけにおこつてゐた X線で透視されたやうに本質がめくれかへつた ゆふぐれの修羅場が深夜になつて増幅した そのまゝわけもわからずおびたゞしい劇が昇天していつた  * 「此の世界は死と幸福で出来てゐて この二つともの世界から隔てられてゐると思つた そしてぼくは死の世界へ そのつよい放射能のなかへ出て行つたんだ」 そのときわたしはふいに爆発した 爆発してとりとめもなく拡がりつゞけた おびたゞしい星、数億の星がキラキラ 廻りながら冷えていつた この世界は死でいつぱいだと思つた 泡だつ赤ン坊がつぎつぎに生まれては 真赤に燃え尽きていつた  * 深夜の廊下をバタバタと駆け抜ける跫音とかさなつて ダーリン、ダーリンと呼ぶ愛人の聲、その微塵に破裂した嘴が すさまじい勢ひで遠ざかつた わたしは極小の稠密な球体になつた 美しい夜の銀河が球体の内壁に散らばつた

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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