水上の音楽

倉田良成



こまかに折り畳まれた音階が聞こえてくる 無数の楽人のいる異様な積乱雲、青空がもたらすあらゆる岸辺から 夏の昏睡の耳に近く、羊や糸杉のある丘のむこうから ウォーター・ミュージック! 紺碧のかなたを走る七月の船の白いかがやきは きみと私がこの世でいだくどんなに深い絶望であったか 街をジグザグに迷走しながら雨が落としてゆく光の爆撃は ゆらめき立って水平線に出現する見知らぬ尖塔の、どんな沈思を誘うのか 異国をこんなにそばに感じるとは、きみと私も 真夏のバルコニーに立って風に吹かれる午後には、かすかに晩年を考えていい こまかに吹奏される金管の低い音程に徐々にいざなわれながら ウォーター・ミュージック! あそこには 白い巻毛をしたおびただしい楽人がいる 急激な来迎の衆のたけだけしい松籟の弾奏とは反対に きみと私は、朝ごとに淹れるコーヒーのしたたりのうちに 窓の外で永遠につづいている夏空をきょうも聴く…… 青空の岸辺から、船から、喜びのとき・悲しみのとき簡単に歌われるミサ曲のように 小さくて壮麗なホルンが鳴ってくる (渡ると知らない人になる河はゆたかに流れ、王宮ではたえまなく昼の花火が上がり) 「王の不興を買ったドイツ生まれのゲオルク・フリードリヒは、 友人の一計に乗って組曲を作り、大船遊びのときににぎやかに演奏して許されたが それは船上で行われるため、すべてヘ長調に編曲されていた。 テムズの流れのせいであったかどうかは詳らかにしないけれど、その後 王の寵を受けた彼は地位と財を得て、幸福なイギリス人としてその地に没した」*

*「名曲事典」(属(さっか)啓成著・音楽之友社)による


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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