歩くひと

山本泰生



そよ風をじっとこころに受けている せまい川にかかる橋のうえで 水はぶつかり休みなく滑りおりる 竹と土がむつみあって匂う 影ひとつない明るい河原はふくみ笑う 風の温もりにやわらぐ どこへ向かって歩きだそうか 透き通った川の流れに手をつけると 柔らかい手と触れたようで かつてそんなこともなかったのに ―郷愁― 脈絡もなく これは何だろう この深さはどこから 深い空を仰ぐ ふわりと のみこまれていく 立っているところがぼんやり霞む いるところがなくなっていく だれかのなかに想い出を置き去る ゆっくり痛みを忘れていく ふいに ―貝塚― ことばがばらばらのまま からだに埋まっている なにげなく捨てられたかけらが尖り 肉を傷め 疼く日もある 暗い洞あなで何を思って 毎日の瞬間しゅんかんを過ごしたか 赤い岩のうえで 交わるよろこびも生きたか 遠くへ 山の果てまでさかのぼる 一粒の雨の残留がはじまり ふたつが合わさってしずくになる ちいさく するどく 転がる 孤独な水が流れはじめ 水が走るにつれて やさしい風の声 茅の葉をゆらし 鳥の羽を撫で こころの隅々までしみる このこころのどこかに ―隠れ家― らしきものがあっていい 自身だけでなく 得体の知れない者も来たり ちがう者どうし 背中を合わせてあたためあおう 夢が熱いバトンをうけわたそう しかし 次の走者がいない 家は地図にない 扉もない 戸外はこんなに賑わっているのに ほてる季節だから からだが風を吸っている からだが蛍火に似て浮く ふる郷に住みつづけながら ふる郷を訪ねる 訪ねあぐねる 憶い出せないがここではない 郷愁のかすかな道 歩むひとは疲れている それでも

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.26目次] [前頁(メンソレータム・ラブ・ソング)] [次頁(レンガの家ならへっちゃらさ)]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp