第27号 1999.9.1 220円(税別)

〒154-0016 東京都世田谷区弦巻4-6-18(TEL:03-3428-4134;FAX:03-5450-1846)
(郵便振替:00160-8-668151 ブービー・トラップ編集室)
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5号分予約1100円(切手可) 編集・発行 清水鱗造
ロゴ装飾:星野勝成



表紙-かきくけ、かきくけ-頭の名前-愛するちから--ゴーレム-桜の方--届いたたよりのはずれを流れた-永遠に立ち上がった-とにかくも二時-清潔な小人を住まわせて-ドルフィン・キック-イタリア紀行-千枚通し-夏の秤-小道の蛇-反る板-はがれかかるa-口紅型ライター-節分 ──腐蝕画──-ペーパー-passers by-ウィリアム・ブレイク『無垢と経験のうた』 4-ハイパーテキストへ 8(最終回)-〈近況集〉-〈編集後記〉

かきくけ、かきくけ。

田中宏輔



ちっともさびしくないって きみは言うけれど きみの表情が、きみを裏切っている。 壁にそむいた窓があるように きみの気持ちにそむいた きみの言葉がある。 きみの目には、いつも きみの鼻の先が見えてるはずだけど 見えてる感じなんか、しないだろ。 そんな難しそうな顔をしちゃいけない。 まるで床一面いっぱいに敷き詰められた踏み絵みたいに。 突然、道に穴ぼこができて 人や車や犬が、すっと消えていくように きみの顔にも穴ぼこができて 目や鼻や唇が つぎつぎと消えていけばいいのに。 もしも、アブラハムの息子が、イサクひとりじゃなくて 百も、千もいたら、しかも、まったく同じ姿のイサクがいっぱいいたら、 ゼンゼンためらわずに犠牲にしてたかもしれない。 ノブユキは、生のままシメジを食べる。 ぼくが、台所でスキヤキの準備してたら パクッ、だって。 アハッ。 かわいいよね。 すておじいちゃん。 拾ってきてはいけません。 捨ててきなさい。 ママは残酷なのだ。 バスに乗って ぼくは、よくウロウロしてた。 もちろん、バスの中じゃなくて、繁華街ね。 キッズのころだけど。 そういえば、河原町に 茂吉ジジイってあだ名のコジキがいた。 林(はや)っちゃんがつけたあだ名だけど ほんとに、斎藤茂吉にそっくりだった。 あっ、いま、コジキって言ったらダメなのかしら。 オコジキって丁寧語にしてもダメかしら。 貧しい男と貧しい女が恋をするように 醜い男と醜い女が恋をする。 ぼくはうれしい。 バスの中では、 どの人の座席の後ろにも ユダが隠れてる。 ここにもひとり、そこにもひとり。 そうして、ユダに気をとられている間に とうとう祈りの声は散じてしまった。 それは、むかし、ぼくが捨てた祈りの声だった。 蟻は、一度でも通った道のことは忘れない。 一瞬で生まれたものなのに、 どうして、すぐに死なないのだろう。 おひさ/ひさひさ/おひさ/ひさ。 で、はじまる、わたくしたちのけんたい。 ひとりでにみんなになる。 ああん、そんなにゆらさないでよ。 お水がこぼれちゃうよ。 と カッパの子どもが (子どものカッパでしょ?) 頭をささえて、ぼくを睨み返す。 ゆれもどしかしら。 もらった子犬を死なせてしまった。 ぼくが、おもちゃにしたからだ。 きのう転生したばかりだったけれど、 でも、また、すぐに何かに生まれ変わるだろう。 さあ、ビデオに撮るから そこに跪いて、ぼくにあやまれ。 そしたら、ぼくの気がすむかもしれない。 たぶん、一日に十回か、二十回、ビデオを見れば ぼくの気がすむはずだ。 それでもだめなら、一日中見てやる。 そしたら、きみに、ぼくの悲劇をあげよう。 ぼくは、膝んところを痛めたことがない。 いつも股のところを痛める。 おしりが大きくて、太腿が太いから 股がすれて、ボロボロになってしまう。 これが、ぼくがズボンを買い替える理由だ。 やせてはいない。 標準体型でもない。 嘘つきでもなかったけれど、 母乳でもなかった。 母乳がなかったからではない。 マスミに言われて、3月に京大病院の精神科に行った。 精神に異常はないと言われた。 性格に問題があると言われた。 しぇんしぇい、精神と性格とじゃ、 そんなにちごとりまへんやんか。 どうでっか。そうでっか。さいですか。 二枚の嫌な手紙と一枚のうれしい葉書。 光は、百葉箱の中を訪れることができない。 留守番電話のぼくの声が、ぼくを不快にさせる。 そんなにいじめないでください。 サウナの階段に 入れ歯が落ちてたんだって。 それ、ほんとう? ほんとうだよ。 百の入れ歯が並んでた なんて言えば、嘘だけどね。 嘘だってついちゃうけどね。 だって、いくら嘘ついたって ぼくの鼻、のびないんだも〜ん。 そのかわり、 オチンチンが大きくなるの。 こわいわ。 こわくなんかないわ。 こわいのはママよ。 小ごとを言うのに便利だからって あたしの耳の中にすみだしたのよ。 家具や電化製品なんか、どんどん運び込んでくるのよ。 香典返しに、 たわしとロウソクをもらう方がこわいわ。 ヒヒと笑う 団地の子。 手術したい。 ヒヒと笑う 団地の子。 手術したい。 手術してあげたい。 いやんっ、ぼくって、ノイローゼかしら。 ぼくぼくぼく。 たくさんのぼく。 玄関を出ると 目の前の道を、きのうのぼくが とぼとぼと歩いているのを見たが それもまた、読むうちに忘れられていく言葉なのか。 百ひきの亀が、砂浜で日向ぼっこしてた。 おいらが、おおいと叫ぶと 百ひきの亀がいっせいに振り返った。 おいらは 百の亀の頭をつぎつぎと、つぎつぎと ふんっ、ふんっ、ふんっと、踏んづけていった。

(『陽の埋葬・先駆形』)



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頭の名前

長尾高弘



頭には名前がもう一つあったと思うのだが どうしても思い出せない。 胴体から切り離したときには、 切断面を全体の名前として、 首 と呼ぶことがあるが、 私がいいたいのは、 物になってしまった頭のことではない。 前から見たときには、 顔 ということもできるが、 うしろから見たら顔とはいわない。 頭はうしろから見たって頭なのである。 頭にくっついている毛のことを 髪の毛というが、 毛をとって 髪 といってもやはり毛のことである。 頭脳という言葉もあるくらいで、 脳 は頭に近い感じがするが、 結局は中身のどろどろのことであって、 鉢の部分がなくなってしまう。 心 は頭ではなくて 胸のあたりにあるらしいから論外である。 頭のもう一つの名前、 あなたはご存知ですか?


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愛するちから

須永紀子



誕生日がくるたびに加算されたものが まとめてどさっと降りてきたように その朝はひどく胸がざわついた そして ドアを開けると 目にしたものすべてを 狂おしいほど好きになってしまっている たとえば 登校中の清潔な小学生 メジロとオナガとミソサザイ 塀の上の猫、その向こうのクスノキ まちがってかかってきた電話の相手   でもすぐに 子どもは大きくなり 鳥も猫も逃げていき 男はより若い女を好きになる だから注いでも捧げても あふれてくる愛は 行き場を失って あたりをうっとうしくするばかりだというのに 触れないと消えてしまうような気がして 腕と想いは伸びることを止めない 町でいちばん大きな公園のまんなかに立って 最後に残ったものと船に乗ろうと思った ベンチから離れない二人と近所の犬がいて 日が傾くまでの長い間 それらについて短い物語を作った   生まれた場所、星座と干支と目の輝き   どんなふうに育ち、何を好んで食べ、どんな夢を見るか 冒頭だけの物語がいくつもできて わたしは退屈しない しないのがルールなのだ ハトが集まりホームレスの夫婦がやって来て 暗くなるとみんな去っていった だから船には乗らない 港までの気が遠くなるような距離について考える 夜も深くなって 晴れた一日もじきに終わる もう何も愛さなくてよかった それでも愛するちからには余力があり この夜は 相手もなく ときめきこがれる身体をなだめるのに 指を少し汚す、 または 港までの距離を思う、 ためにある


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関富士子



曇り空から聞こえてくる くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅじゅくじゅくじゅく 見上げるとくらくらする 雲のすぐ下あたりに浮かんでいる 小さな黒いなにか あれは誰のたましいでもない 生きているヒバリだ 息もつかずにに鳴いている ひいひいひいひいひいちっちちっちちっちぢぢぢぢぢぢぢぢぢ (ヒバリの歌はけっこう複雑でながい小節があり、  口説かれているような気がするときもあります) 道のかたわらはハス池で 葉のあいだからウテナが何本も伸びて わずかな風にも揺れている まるで天国みたいな景色だけど (啓示かなんかにうたれたいです) ここは繁殖期の地上だ どこかに巣がある わたしの帽子と卵までの距離がヒバリにはわかる ハスの葉形にひろがった縄張りの中で わたしは警告されている なにごとかを聞き分けようと耳を澄ます 真上の空の一点でホバリングして 恩寵のような声を降らせるもの ここから出て行け と言っているようなのだが 一歩も動けない


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ゴーレム

丁田杵子



角張った石の連なるアーマー を 取り去ってもやはり石 冷やりとすべらかなおまえの これは生身というのだろうか おまえは汗をかかないから ひたとかぶさったわたくしのどこも渇いたままだよ わたくしの脚が好きなのだね ほら こうしてすぼまる足首は おまえには無いものね 明日も又 裸足で歩いてみせてあげよう さあ わたくしには瞳をのぞかせておくれ 水のような石の瞳 今宵は何が映るだろうね 野分け/竜巻き/地鳴り/山 火を噴く/空 吼える/雨 穿つ/海 呑み込む 死んだ星の瞬き/古のみやこ/ひかりなき水底/予言成就する日/日食の束の間 あめと たいようが あわさるとき にじがかかる(*) おまえのからだはもう十分に熱して ほら 火が映りはじめた 火のなかの影はわたくし 足元から包まれてゆく 火よ 息を吹き込んでやろう 疾く 猛く焦がせ あまねく 石の瞳は水に戻り 縮み上がった屍がひとつ浮かぶとき すべらかなおまえのからだは緩やかに冷めていく おまえはまったく汗をかかなかったから わたくしのどこも渇いたままだよ 冷やりとなるまで 眠るまで 笛を吹いてあげよう ゴーレムは しずかに めをとじる(*)

(*)「ドラゴンクエスト」 ファミコン 86年5月27日発売 容量 512Kbit



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桜の方

布村浩一



窓の向こうの桜がきれいだ 夕方 白い桜 ふくらんでいる 大きい いっぱい 1500の桜がふるえて こちらを向いている 行列 まっすぐ歩けない 大通りは人間たちであふれあふれ 大声でしゃべりながら 人間たちは 靴で 視線で 身体をすれ合わせながら 桜の木の下を通りすぎる 叫びながら男の子が走り 髪を人形のように切っている女の子が 紙を落とし (パンフレットのようなもの) メガネをかけた中年の女が立ち止まっている(腕を組みながら) 町はさわがしい 行列の速度が 12度の気温が 混ざりあって ぼくはウトウトと眠りそうだ コーヒーショップ・ドトールで 21人の人間は 高い声で 今日のことを話している 注文したコーヒーと 天気 ケーキと 赤い服  あと七日の 入学式 そんなことを いつまでも 話している ぼくはこれから 東の方の二丁目の陸橋に行く この橋は 映画で ぼくの好きな女優が 自転車に乗って  渡った 彼女はただ  ゆっくりと ペダルを漕いだのだ


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山本泰生



あなたは眠っていて激しくうなされ声にならない叫び声をあげる こんな異常さに慌てて揺り起こされたことはないか そのわけはだれにも言えないようなことで ふたたび ぼくはまどろみ うわごとを繰りかえす ひとを壊し創る不思議な力(生の薬)はどこ 夏が割れて 冷えびえとした夕闇 コウモリが空中を音もなく飛びさり飛びかえり ふいと いちにちの惰性に糞を落とす ぼくは内面に無色・油状の薬を吸わされ 引かれる導火線 ダイナマイト(力の意味のギリシア語に由来) に化けることが待たれている 切れぎれの過去が悔恨でくすぶっているのに いまだ 雨や涙に濡れて 点火しようとしない 夏は黄カンナの花弁にとまり 道行きを不吉に見送る コウモリがぼくをある建築現場に誘う にんげんの風味を高める力のクレーンが備わり そのくせ 自重が過ぎて稼働しえないクレーン ひとり行くぼくをもっと多彩に改造できないもどかしさ ぼくはいま 微笑をやさしく憎悪のうえにまぶした しあわせの空き缶 中では ぱりぱりと乾いた不服が折れ曲がり そして大量の空虚がうねっている シルバーグレイの哀しみ ぼく 余裕のコウモリを捕えようとして あざ笑い擦り抜けられる ぼくはなお 満たされぬ記憶から具体的に危うい薬をあつめ ひっそりと混ぜる また鋭い感覚の雷管 いつの起爆かも決めず ぼくの底へ仕掛ける <<<<<<<<<<ぼくは世界のまたの名か ちがう <<<<<<<<<<ぼくとは世界だ! そう言い切るや 炸裂! ぼくのはらわたがぼくの皮から吹きあがる ぼくの堰が崩れぼくの水路から水がほとばしる 煌くことばたちがぼくの岬へ巡りめぐる しかし 全身の岬にくきやかな火柱は立たない 脅威の薬が足りない ひょっとすると祈りの薬も 夏は素早く あたりを深緑に染め ぼくを白髪にする ぼくは何でも嗅ぎつける猟犬を連れて 街角に消える 昨日今日の不発弾とやらも追い コウモリを秘密裏に飼っているあなたよ 破壊から未生のものを生み出す 内面の恐るべき火薬を知らないか ひとが爆発したり 心鎮めたりする ニトロ(ニトログリセリン)のような


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届いたたよりのはずれを流れた

駿河昌樹



届いたたよりのはずれを流れた 届かない妻 滞ってながれはよみがえり おわりを意味する春も 風はいつもほしいでしょうから 崖に近寄るひとですか 籠もって 色をあつめ 雲より授けられる子 どの子も つめたい肉ひとつひとつ 備えをしいられて 汗ばんで たましいが喉につまる 夏の近づくわたしふたりに そう、ふたりに 泉はまた近づいてくる 物をみつめる物 過ぎていくのは物の時間ばかり 汗ばんで みどり深い懸隔を掘る すぐ太陽をあおぐ癖を残して 汗ばんで


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永遠に立ち上がった

駿河昌樹



そのコーヒーを飲みおわったら晴れていた 休まず郵便局まで ヨットがすべっていく昼下がり あの記念切手を買っておこうかなと 永遠に立ち上がった


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とにかくも二時

駿河昌樹



昼の二時も夜の二時もふしぎに二時だと どこかでカラスが言っていなかったか 石榴がそんなときはいいのだと これはせわしない ハツカネズミが言っていたのじゃなかったか とにかくも二時 時間はいま どこを散歩しているのだろうと あたらしいタバコの封を切る


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清潔な小人を住まわせて

駿河昌樹



腕がうつくしい 健康な死も望めるだろう みどりの煙のたばこなら吸う しずかな入り江の曙 海上を渡ってきたものがあったが 髪だけをゆだねた からだを奪っていけ いつか呟く 清潔な小人を住まわせて なおも成長する 足もうなじも


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ドルフィン・キック

青木栄瞳



  チー、チョルル   チー、チョルル、  (イルカ語で)   生きていると 感じる、   生きていると 感じる、   生きていると 感じる時、  (イルカ語で)   ――遊べる 発見、   ルタ   ルタ、   チー、チョルル ・ルタ、ルタ   チー、チョルル ・ルタ、ルタ、   ――感光です。 【ドルフィン・キック・OK】 ――その純潔さが、どこから生じるのかは、   だれひとり、あなたすらも知ることはできない。*  (婚約というものには 真面目な生活が要求されました。)**   チー、チョルル   チー、チョルル、  (イルカ語で)   生きていると 感じる、   生きていると 感じる、   生きていると 感じる時、    (イルカ語で)   ――よろこびの 発見、   ルタ   ルタ、   チー、チョルル ・ルタ、ルタ   チー、チョルル ・ルタ、ルタ、  (そこから先には また別の潜在能力があります。) 【ドルフィン・キック・OK】   生きている男を 感じ、   生きている女を 感じ、   生きている波を 感じる時、  (ニホン語の)   三角包囲網を 破る、 【ドルフィン・キック】   チー、チョルル   チー、チョルル、 ――独走です。          *  ヤン・アンドレア著「マルグリット・デュラス」より          ** パゾリーニ短篇「匕首酒場の許婚者」より                                1999.7.3


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イタリア紀行

倉田良成



――アストル・ピアソラ「リベルタンゴ」に寄せる

想い出の片隅が裂けてテンペラ色の空と岩山と海が見える 夏の日は遠く粗暴なまでに澄み切って、 思い起こすたびによみがえるちいさな痛みの細密画のようだ あれはカエサルが通過し、大プリニウスが渡り、パウロが最後に見て いまそのころと同じ羊飼いが羊を追っている 岩山の頂上からまっすぐやって来る荒々しい光に船上のきみと私は曝されていた 子宮のように閉じられた地中海の照り返しは どんなに強烈なグラッパよりもわれわれを酔わせ、しかも きみと私をローマの透明な覚醒のうちに置くのだ (きみとはぐれた私を乗せたまま、船はソレントから引き返すところだった!) 駅でカバンを切られ、ジプシー女が赤ん坊を泣かせているのを見たときも 光が透けるローマの覚醒はあまねく街と人のそばにあり 夕暮れのテラスでは花売りとバイオリン弾きが、泥棒や 陽気なミノスの使いのように席から席へと渡り歩く 破壊された銀が沸く夏の夜空のした、食事は毎日が祝祭に似て よろめく足できみとホテルまでの裏通りをたどれば 夜の噴水にきらめく見知らぬ広場で男たちや女たちがしたたかに笑い ワインの瓶と数挺の楽器が窓の明かりに浮かび ほんの少しの沈黙のあと ふいにバンドネオンが鳴って裏町のタンゴが聞こえてきた


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千枚通し(1999.6.8)

清水鱗造



電車の窓から見える 塀の猫 重くなって それから背に乗って 暗く駅を降りていく それから 軽い一日になる 砂袋には小さな穴がある (ささやくから) 踏み台に上がり 千枚通しを使い 紙縒りを挿し込む 写真帳 つまり 測れないまだら色が 手のひらに貫いている


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夏の秤(1999.6.15)

清水鱗造



風はまだ そこにいる と思う 風はただ休み 木立は黙るけれども 風は木々の作る球に たたずんで 数人の子どものように 丸太に座っている 蓮の葉の照る寺の裏で 汗を拭き カメラを向ける すると 子どもたちは ゆっくり立ちあがり 小さく 小さく伸びをする そしてあなたの痩せた背中を 手のひらで ほんの少し押す それから痩せた背を見る僕に 君たちは笑いながら 葉の音で話し 夏の秤を 贈ってくる


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小道の蛇(1999.6.22)

清水鱗造



昨夜はこのあたりは 嵐で 小道には折れた枝が 転がっている 靴で枝を除けながら 初めに歩く 「おや 蛇ですよ」 いつもの坂の コンクリートの上に 蛇がゆるゆる 這っている 細い川は増水し いつもは そのあたりに棲んでいるのだろう 女たちはにこにこ笑っている 僕らを先導するように 蛇は坂を登っていく 下には森を通して水田がわずかに見える 「蛇に出会うと」 「なんか、いいね」 突き当たりのベンチに着くころ 蛇は石垣を水脈のように 藪に降りていく


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反る板(1999.6.29)

清水鱗造



小屋の 板が浮いてくるので 5寸釘を打つ 反りの力は とめることはできない 余りというものは 追求することで レポートも書ける でも余りは 反る板のように いつもヒトから浮き上がる 熱い昼の舗道に 虹の余剰が飛沫になって降ってくる 小屋は彩られた家になり また雪洞になる つかの間 余りを旅して それから飛沫が沈むと 葉裏が照りかえる 梅雨の晴れ間に 海のにおいがくる 道を歩いている


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はがれかかるa(1999.7.6)

清水鱗造



アルファベットのaが はがれかかるのは 居間にいるときにふと思い出すこと aの四角い紙には 黒くaが書いてあるが 背景には薄く 牧羊犬が追う羊の群れが描かれている それは右上角に群れが移動し 左下に犬が走っている図だ アルファベットのaがはがれかかるのは ふと 萎えるaが浮いて 知らせるサインかもしれない


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口紅型ライター(1999.7.13)

清水鱗造



口紅型のライターを かばんから取り出すと  ゆだんもすきもないんだから ライターは探していたものだという きのう角のたばこ屋の自動販売機で 白箱に入った100円ライターを買って 道々 たばこを吸った 積乱雲が東に見え 鳥の首のような風洞がみな北西に向く  バイオの赤、口紅 えらくもなく、夏のよじれる花


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節分 ――腐蝕画――

荒川みや子



 棘でかこまれている斜面。ずらっと裸木の林が 私の棲家に連なっている。風が骨のように鳴った。昼の月が正確に息を吐く。ココア色の地表と共に私達もそれに倣った。娘が輪遊びを始めようとしている。道なりにそって走ろうとしている。私は住民票を拾い集めながら 私の棲家へ入ってゆく。後ろから 鬼の影がついてきた。膝をみせて寒そうであった。たとえば ああでもなくこうでもなく流しの前で足をふく。ああでもこうでもなくフライパンをひっぱり出して豆を煎る。裏の庭で薪を割る男もいる。月はいつの間にか白い栓をゆるめた。ああでもこうでも角を出しながら豆であるらしい。娘が輪の中でぐるぐるまわっている。林の外だ。私の住民票は裸木の影に刷り込まれ 林は月を抱え笑っている。豆をやろうか。まわりの影は階段を上る度に濃くなってゆく。私は耳をあずけて夜の底へ足をはこんだ。踊り場に薪を積み上げる。輪の中へ月を入れよう。ああでもよく、こうでも悪く吐く息はここまでだ。豆を喰べてしまうと われわれは鬼のようなものである。角を撫でながらそこいらを相手に棲みつく。


表紙-かきくけ、かきくけ-頭の名前-愛するちから--ゴーレム-桜の方--届いたたよりのはずれを流れた-永遠に立ち上がった-とにかくも二時-清潔な小人を住まわせて-ドルフィン・キック-イタリア紀行-千枚通し-夏の秤-小道の蛇-反る板-はがれかかるa-口紅型ライター-節分 ──腐蝕画──-ペーパー-passers by-ウィリアム・ブレイク『無垢と経験のうた』 4-ハイパーテキストへ 8(最終回)-〈近況集〉-〈編集後記〉

ペーパー

夏際敏生



駆け込んだはいいが 口が堂に入らない 外に変わらない空気の模様だし 出てくる砂が砂で 姉妹の舌のように代わり映えがしない これじゃあ食い改めようもないが せっかくの寺だ 皆さまのご健啖をお祈り申し上げろ ついでのこと行きずりの誼みで 白目の一つ二つ包んでおいてもいい そこにも位はあるが (人が立っている、暗い! 手洗いはどこかな 紙は存在すると思うかね 芝浦の家並には秋の夕暮れもなかった 日本にトーキョーはあったが 地球には日本はなかった 米も仏もない


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passers by

夏際敏生



地面が空々しい 息を暗くして歩く テンからハナシにはならない (日替りでフール・ショーをやってる劇場がある (ケーキ入刀、etc.…… 鈍りがちの足を研いで とっつきの通路から トゥラバドールとして甲走って! (窓ごとに  揺れまくる視力 通りはむろんよくないが (ただもうらあらあ)ともいかないしするから 仮病死しそうなくらいの弱年にも因もう 持ち前の女らしさで湿気も呼ぼう そこでの関心は支払われる (霧吹きで概念を散布する トキワアケビ、トキワイカリソウ、トキワギョリュウ 夜のように更けていくわたしたち 電気自動車は心臓のないダミー人形 模造紙に描かれた人造湖 《演出メモ》 鞭を持った女は鞭打たず 鞭を持って立っているだけでいい 歯軋りもしないで ひっそりと人払いが行く そんなこんなで終わっていっている


表紙-かきくけ、かきくけ-頭の名前-愛するちから--ゴーレム-桜の方--届いたたよりのはずれを流れた-永遠に立ち上がった-とにかくも二時-清潔な小人を住まわせて-ドルフィン・キック-イタリア紀行-千枚通し-夏の秤-小道の蛇-反る板-はがれかかるa-口紅型ライター-節分 ──腐蝕画──-ペーパー-passers by-ウィリアム・ブレイク『無垢と経験のうた』 4-ハイパーテキストへ 8(最終回)-〈近況集〉-〈編集後記〉

翻訳詩
ウィリアム・ブレイク 『無垢と経験のうた』―人間の相反する二つの精神状態を示す─ 連載第四回



(承前)

 ゆり

慎み深い薔薇は棘を突き出している。
つつましい羊は恐ろしい角を持っている。
白いゆりは、愛の歓びに包まれているが、
その鮮やかな美しさは棘や怖れには汚されていない。


 愛の園

愛の園に入っていくと、
決して見たことのないものがあった。
かつて遊んでいた緑のまんなかに、
教会が建てられていたのだ。

教会の門は閉じられており、
扉にはするなと書かれていた。
そこで私はとてもすてきな花が、
たくさん咲いていた愛の園に向かった。

そこは墓で覆われていた。
花が咲いているはずのところに墓石が立っていた。
そして、黒衣の僧がそれぞれの持ち場を歩きまわり、
私の歓びと望みを次々に茨で縛っていった。


 小さな洒落者

お母さん、お母さん、教会は寒いよ、
パブならあったかくて楽しくて気分がよくなるよ。
それにぼくの馴染みの店だって教えてあげられる。
天国じゃそんなふうに楽しくさせてくれないよ。

でも教会にお酒が少々とあったかい火があって
楽しい気分にさせてくれるなら、
誰だって一日じゅう歌って祈るだろうし、
教会から逃げ出そうなんて思わないさ。

坊さんも説教しながら飲んで歌えば
春の小鳥のように幸せになれるよ。
いつも教会にいるお上品なラーチ夫人だって
子どもを鞭でたたいたり腹ぺこにさせたりしないさ。

お父さんだって、子どもが自分と同じくらい
幸せで楽しそうにしていれば歓ぶでしょ。
同じように神様だって悪魔だの酒樽だのとケンカしないで
優しくくちづけして飲み物と着る物をあげるようになるよ。


 ロンドン

特権を与えられたテームズのほとり、
特権を与えられた通りを一つ一つ歩いた。
すれ違う顔、顔、顔には弱さの印
歎きの印がはっきり刻印されていた。

あらゆる大人のあらゆる叫びに、
恐怖におののくあらゆる子どもの泣き声に、
あらゆる声にあらゆる布告に、
心が作り出した束縛が聞こえた。

煙突掃除の子どもたちは
黒光りする教会にぞっとして泣いていた。
運のない兵士たちのため息は
血まみれになって宮殿の壁を転げ落ちた。

しかし真夜中の通りで一番多かったものは
生まれたばかりの赤ん坊を泣かせ
疫病で結婚の棺を引き裂く
若い売春婦たちの呪い


 人間抽象化

貧しい人間を作らなければ、
憐れみはもういらない。
誰もが神のように幸せなら、
慈悲はもういらない。

相互の怖れが平和をもたらす。
するとわがままな愛がのさばり、
残酷な心がわなを編んで、
餌をたんねんにばらまく。

あいつは聖なる怖れを手にして座り、
地面に涙の水をまく。
するとあいつの足元に
謙遜というやつが根を張る。

あいつの頭は神秘の
陰鬱な影に覆われ。
毛虫や蝿がその神秘に
たかってはびこる。

ついには赤くておいしい
偽りの実をつける。
黒い烏はこの木のいちばん
暗いところにに巣を張った。

地と海の神々は
この木を見つけようとして
自然をくまなく探したが無駄だった。
こいつが生えているのは人間のオツムのなかさ。


 幼い歎き

お袋がうなり、親父が泣いた。
無力な裸で大声あげて、
とんだ危ないところに飛び出してきたもんだ。
雲に隠れた鬼っ子のように。

親父の腕のなかでもがき、
襁褓のひもにまたもがき、
縛られ抑えられて疲れちまった。
お袋の胸のなかですねてやるのがいちばんだ。


 毒の木

友に腹を立てたときは、
怒りをぶちまけたのでおさまった。
敵に腹を立てたときは、
ぶちまけなかったので怒りが増した。

恐ろしい思いで夜も朝も、
その怒りに涙の水をまいた。
微笑みながら穏やかな
偽りに満ちた思いで日に当てた。

昼も夜も木は育ち、ついには
見事な林檎がなった。
輝く実は敵にも見えたが
それはそいつの敵のもの。

夜が空を覆いつくしたとき、
そいつはこっそり庭に忍び込んだ。
朝になって私は小躍りして喜んだ。
敵は木の下にひっくり返っていた。


 奪われた少年

自分と同じように他人を愛せる人なんていません。
自分と同じように他人を尊ぶこともできません。
思想が自分自身よりも偉大なものを
知ることも不可能です。

そして父よ、どうしてあなたのことや
兄弟たちのことを自分以上に愛することができましょうか?
扉の回りでパン屑をついばんでいる小鳥
のように私はあなたを愛します。

子どもの傍らに座って話を聞いていた司祭は、
震えるほどの勢いで少年の髪の毛をつかみ、
少年の小さなコートをつかんで引き立てたが
誰もが司祭らしい振る舞いを尊んだ。

高い祭壇に立ち、司祭は言い放った。
見よ、この恐ろしい悪鬼を!
我らのもっとも神聖な聖餐を
批判する理屈をこね上げた者を。

子どもが泣き叫んでも誰も聞こうとしなかった。
両親が泣き叫んでも無駄だった。
子どもは小さなシャツ一枚に剥かれ、
鉄の鎖で縛られた。

そして聖なる場所で焼き尽くされた。
すでに多くの人が焼かれた場所で。
両親が泣き叫んでも無駄だった
アルビオンの岸で行われているのはこういうことだ。


 奪われた少女

 未来の子どもたちは、
 この怒りのうたを読み、
 かつてはあの愛が、甘い愛が
 罪と考えられていたことを知るだろう!

冬の寒さを知らぬ
黄金の時代には、
若く輝く男女は
神聖な光を
夏の歓びを裸で浴びる。

あるとき深い慈愛に
満たされた若い男女が、
神聖なる光によって、
夜の帳が開けられたばかりの
歓びの庭で会った。

朝の草のうえで
恋人たちは戯れあった。
親は遠く離れたところにあり
見知らぬ者が寄ってくることもなく
乙女はすぐに怖れを忘れた。

静かな眠りが
天を深く揺らすとき、
疲れた旅人が涙を流すとき、
二人は甘いくちづけに倦み
一つになる約束をした。

輝く乙女は
白衣の父のもとに帰った。
しかし、父の慈愛に満ちた
聖なる書物のような顔は、
娘のしなやかな四肢を恐怖に震わせた。

弱くあおざめたオーナよ
白髪の父に語っておくれ。
我が愛する花を身震いさせるほどの
激しい怖れを!
陰鬱な悩みを!


 ティアザに

死すべきものとして生まれた者が
世代を超えて蘇るためには、
焼き尽くされて地に戻らなければならない。
ならば、私とお前にどんな関わりがあろうか?

恥と自尊心から生まれた両性は
朝とともに花咲き、夜とともに死んだはずだった。
しかし慈悲は死を眠りに変えた。
両性は働き、泣くために立ち上がる。

汝、我が死すべき部分の母よ、
お前は、残虐を鋳型として我が心臓を作り
自己を欺く偽りの涙で
我が目、耳、鼻を縛った。

感覚のない土で私の口を閉ざし
私を裏切って死すべきものに堕とした。
そして、イエスの死が私を解放した。
ならば、私とお前にどんな関わりがあろうか?


 学童

夏の朝は起きるのが楽しい、
あらゆる木々が鳥の歌に包まれ
遠くの狩人が角笛を吹くとき、
そしてひばりが私と歌うとき。
おお! なんとすばらしい仲間たち。

しかし夏の朝に学校に行くなんて。
おお! それこそはすべての歓びを
硬直した悪意の監視のもとに奪うもの。
子どもたちはため息と
失望のうちに日を費やす。

ああ、そして私はうなだれて座り
じりじりとした時間をいくつも過ごす。
教科書を読んでも、教室に
座っていても、歓びはない。
重い雨に心はすりへらされる。

歓びのために生まれた鳥が
どうして篭のなかで歌うことができようか。
怖れに責め立てられる子どもは
幼い羽を垂れ
青春を忘れる以外に何ができようか。

おお、父よ、母よ。
芽を摘んでしまえば花は咲かない。
悲しみと失望によって、
幼い木から春の日の歓びを
奪ってしまえば、

夏の歓びが立ち上がることが
夏の果実が実ることがあろうか。
冬の嵐を見せ付けられた者に
悲しみを吹き飛ばす力を蓄えることが
成熟のときを祝福することができようか。


 古代の詩人の声

歓びに満ちた若者よ、こちらに来い。
明けていく空を
生まれたばかりの真実の姿を見よ。
疑いも、理性の雲も
暗い論争も、作られた悩みも消えた。
愚かさは、もつれて行き場のない根であり、
無限の迷路だ。
いかに多くの者がそこに落ちていったことか!
彼らは一晩じゅう死んだ者の骨に躓き続ける。
そして、くよくよ心配することしか知らない。
自分が導かれなければならないのに他人を導こうとしたがる。


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長尾高弘



 昨年(1998年)の暮にポケットピカチュウというおもちゃの万歩計を買った。同じ頃、デジタルカメラも買った。デジカメは当時最新鋭の1万画素タイプのもので、640×480ピクセルと1280×960ピクセルの2種類の大きさで写真を撮れる。年が明けて、運動不足解消のために、腰にポケットピカチュウ、肩にデジタルカメラをぶら下げて、家の近所を歩くことを思い付いた。デジタルカメラは、いくらシャッターを押しても、フィルムが消費されるわけではない。メモリカードに記録された画像をパソコンに取り込み、気に入ったものを残し、失敗作を消すだけである。パソコンにデータを保存したら、メモリカード自体の中身は消して、再利用する。だから、貧乏症の私でもシャッターを押しやすい。銀塩カメラでは、家族が写っていない写真など撮ったことがなかったが、デジタルカメラでは、ちょっと気に入った風景があると、すぐにシャッターを押すようになった。
 写真が少し溜まってくると、それをWWWのホームページにして人に見せたくなった。ホームページ作成歴が4年にもなれば、それが自然の人情というものである。幸い、私は1年前から自前のサーバでホームページを公開しているので(http://www.longtail.co.jp)、ディスク容量はほとんど無限にある。プロバイダと契約して使えるようになるディスク容量は、5Mバイトとか10Mバイト、多くても100Mバイト程度でしかないが、自前サーバなら、Gバイト単位でディスクを使える。1枚200Kバイトほどもある写真データだって、何枚でも掲載できる。
 問題は、写真をどのように提示するかである。私の散歩写真の場合、写真自体はどこにでもあるごく普通の風景なので、文章で写真に意味付けをする必要があると思った。そこで、散歩全体の概要を書いた文章のページを作ることにした。このページを便宜上本文ページと呼ぶことにする(図1)。本文ページには、320×240ピクセルの小さな写真も数枚貼っておく。そしてこの小さな写真や文中のリンクから、散歩の過程で撮った写真を表示するページにジャンプする。これを写真ページと呼ぶことにする(図2)。写真ページには、1280×960ピクセルの大きな写真を貼り、どこでどのような向きで撮ったのか、何が見えているのかという説明を付ける。1つの本文ページに対して何枚かの写真ページを組み合わせて1回の散歩の記録が完成する。
 本文ページからは、原則としてその回のすべての写真ページにジャンプできるようにした。つまり、本文ページは、写真ページの目次のような機能を果たす。一方、写真ページには、1-1、1-2といった番号を付けた。つまり第1回の散歩の1枚目、同じく2枚目という意味である。写真ページには、本連載の第4回で簡単に触れた自作ツール、OLBCKを使って、前後の写真ページへのリンクを付けた。こうすると、1回の散歩が小さな本になる。本文ページが目次で、1枚目の写真からその散歩の最後の写真までを順にたどっていくと1冊の本の最後のページに到達するわけである。実際、散歩した結果には、順番があり、物語性がある。だから、散歩の記録が本の形を取るというのは、ごく自然なことである。
 散歩には何回も出かけたので、本文ページも溜まっていく。そこで、各回の本文ページにジャンプするマスター目次(以下、単に目次ページと呼ぶ。図3)も用意した。これで、散歩全体が大きな本になった。小さな本をいくつも含む大きな本という構造を作ったわけだが、本文ページは擬似目次である以前にまず本文なので、大きな本と小さな本は相互に独立した別個の本でもある。
 自宅の近所をぐるぐる回って散歩しているので、同じところを別の経路で通ったりすることや、ある箇所で見えていたものと同じものが別の角度から見えたりすることもある。そのような関連写真ページには、当然ジャンプできるようにしたいところであり、実際に、それら過去の写真ページへのリンクは、本文ページ、写真ページの両方に埋め込んだ。こうすると、1冊の小さな本(1回の散歩)の途中で、別の小さな本のなかに飛び込むことができるようになる。ブラウザには、読んだページの履歴が残っているので、ちょっと寄り道して元の本に戻ってくることもできるし、そのまま別の本の読書を続けることもできる。
 この構造は、ある種のコンピュータゲームと似ている。たとえば、私が散歩のときに腰に付けているピカチュウが出てくるポケットモンスターのようなゲームである。この種のゲームでは、主人公がいて、歩いたり走ったり泳いだりして前進する。すると、分かれ道があって、プレイヤは道を選ぶ。道には宝物や敵が転がっていて、拾うとか戦うといったアクションを起こす。私の散歩写真は、宝物でも敵でもないし、いっぱい見たからといって経験値が上がるわけではない(私の腰についたポケットピカチュウの歩数は、散歩するたびに上がっていくけれども)ので、ゲームとして楽しむことはできないが、比喩的に言えば、私の「東山田散歩」は、ゲームのような構造をしている。そして、多くのゲームが散歩というメタファを使っているのは、とても面白いことだと思う。
 散歩とゲーム、本の比喩についてさらに考えると、まだしていない散歩、歩いている過程の散歩はゲームに似ているが、散歩が過去のものとして記録になってしまうと本になるとも言える。私の東山田散歩は、途中で別の回の散歩に飛び込めるようにした分、本の構造を少し解体してゲームの構造に近付いた。しかし、本当の散歩なら、私が撮っていない風景がまだ無限に残っている。東山田散歩のWebページをいくらたどっても、有限の組み合わせしかない(有限といってもかなりの数になるが)。コンピュータゲームも、ゲームの世界の外には抜け出せないという点で、本当の散歩よりも私の東山田散歩のWebページに似ている。これは、現実(リアリティ)と擬似現実(バーチャルリアリティ)の違いである。
 ところで、この企画は、始めたときには10数回で終わるつもりだったし、1回の散歩の写真ページも10枚前後だった。1280×960というほとんどのディスプレイでは全部表示しきれない写真を載せていながら、それでも全部を読もうと思えば読めるようにしておきたいと思ったのである。しかし、散歩というのは、実際にしてみると実に楽しいものであって、10数回ではとても終わらなくなってしまったし、だんだん遠くまで出かけるようになったこともあって、1回の写真の枚数も80枚とか100枚とかになることも珍しくなくなってきた。全体どころか小さい本1冊さえ、少なくともインターネットでは読み通せない代物になってしまった。現在、55回まで続いて写真は2336枚あるが、10回分以上の未整理の写真がまだ残っている。最近は作っている私自身、どこにどんな写真があったのか把握しきれなくなってきた。目次ページと擬似目次の本文ページだけでは、誰もが迷子になってしまうのである。
 歩いていて迷子になりそうになったら地図を見る。散歩メタファのコンピュータゲームでも、今歩いているところがどこかを示すマップ機能がある。そこで、東山田散歩ページでも、地図に当たるものを作ることにした。最初に作ったのは、全体の画像一覧ページ(図4)である。各回のタイトルと、個々の写真のタイトルを最初から順に並べただけのものだが、ここに来ればすべての写真ページにジャンプできる。ただし、このページは巨大になってしまって、表示に時間がかかる。次に、各回ごとにすべての小写真を見られるようにした(長ったらしいが、"この回のすべての写真ページ"と呼んでいる。図5)。これは、1回の写真ページが増えてきて、本文ページからすべての写真ページにリンクを張るのが不可能になったためである。しかし、これらは地図というよりはただの目次、あるいは索引である。もともと、本文ページが目次としては不完全だったのを補ったに過ぎない(目次は本にとっての地図だと言うこともできるが)。
 目次を整備しただけでは、隔靴掻痒の感が残る。そこでつい最近のことだが(正確に言うと、この文章を書きながら)、簡単なサーチエンジンを付けた(図6)。指定された文字列がタイトル、あるいはタイトルと本文を含む全体に含まれている写真ページを拾い上げるのである。この機能は、結局のところ、テキストに依存しているので、写真ページにあるものが写っていても、それについて説明文の方で言及していなければ検索には引っかからない。また、たとえば"鷺沼"で検索すると、鷺沼からははるか遠くに離れたところから出ている"鷺沼行きのバス"のようなものも拾ってきてしまう。このようにかなり不完全なものではあるが、読者がそれぞれの目次、それぞれの地図を作れるようにはなった。これは紙の本では不可能なことである。
 このようにして作った東山田散歩は、結果的に今の時点で私が想像できるハイパーテキストの姿をすべてさらけ出したものになった。しかし、結局、4年前の連載開始のときから大して進歩していないという感じもする。これ以上何回連載を重ねても大きな進歩は見込めないので、今回でこの連載は終わりということにする。帰着点を冷静に考えると、インターネットに誰もがアクセスできる時代になったのに、一人で作ることにちょっとこだわり過ぎたかもしれない。今までも紹介したが、インターネットを介した連句、ハイパー詩のような試みもある。それよりも何よりも、インターネットのWeb空間自体が1つの巨大なハイパーテキスト空間である。この空間は生きており、毎日増殖し、毎日変化し、毎日一部が消えていく。昨日まで読めたものが今日は読めなくなっているということが、あるいは本との最大の違いかもしれない。今後、本は読まなくてもWebは読むという人が増えてくるだろう。そのような人々が多数になったら、ハイパーテキストという以前にテキストという概念自体が大きく変わっていくのかもしれない。

図1 本文ページ
図2 写真ページ
図3 目次ページ
図4 画像一覧
図5 この回のすべての写真
図6 サーチエンジン

(編集者註:図1〜6は、紙版、正式HTML版およびエキスパンドブック版に掲載されますが、以下のURLの長尾高弘さんのサイトに行けば、「東山田散歩」の全容がわかります)

http://www.longtail.co.jp/walk/


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近況

布村浩一
五月に恋におちた。畳の上で悶々と彼女のことを考えていると、あまりの気持ちの高ぶりに、自分をニュートラルな方向に持っていくものが必要と考え、サラ・ヴォーンの50年代のボーカルを買った。そしてクリフォード・ブラウンの「STUDY IN BROWN」、もう一枚「MORE STUDY IN BROWN」を買った。最高なのは「STUDY IN BROWN」で、軽快で身体に押しつけてくるものが何もない。部屋の中を何十分もクリフォード・ブラウンのトランペットが流れても、苦痛も退屈さも、飽きもこない。ジャズはジョン・コルトレーンやマイルス・デイビスしか聴かなかったけれども、クリフォード・ブラウンという音楽もあったのだ。今夜も長いためいきと、思い出したように「もうだめだ」と叫ぶ僕の上を、クリフォード・ブラウンの軽い触れるか触れないかのようなトランペットが流れていく。(99.6)

倉田良成
「ガルデルの亡命」という映画を、職場のKさんにダビングしてもらって観ました。三千人もの市民が(おそらく当局によって)拉致され、行方不明となったいわゆるブエノスアイレス事件後の、パリにおける亡命者たちの日常を描いた作品ですが、音楽を担当したピアソラのタンゴとその踊りがじつに色っぽくて素晴らしい。加えて、ガルデルとは1930年代に飛行機事故で亡くなったアルゼンチンの実在の国民的歌手のことで、その彼が亡命者の幻想のなかに出てきて歌うタンゴ歌謡はオリジナルの原盤を用いていて、聴くうちに胸が熱くなるのを覚えました。以来、わが家はタンゴとラテン音楽漬けの毎日です。


表紙-かきくけ、かきくけ-頭の名前-愛するちから--ゴーレム-桜の方--届いたたよりのはずれを流れた-永遠に立ち上がった-とにかくも二時-清潔な小人を住まわせて-ドルフィン・キック-イタリア紀行-千枚通し-夏の秤-小道の蛇-反る板-はがれかかるa-口紅型ライター-節分 ──腐蝕画──-ペーパー-passers by-ウィリアム・ブレイク『無垢と経験のうた』 4-ハイパーテキストへ 8(最終回)-〈近況集〉-〈編集後記〉

編集後記

 この号より、どちらかというと、インターネット上に先に作品を公開し、紙に印刷するという順序にすることにした。インターネット上に公開したうえで、紙版にするまでには、作品に対する各種の変更、編集のフレキシビリティをもたせることができる。また読者もだいぶ違う。吉田裕さんの批評「バタイユ・ノートV エクスターズの探求者 第2回」は28号に掲載する。これは来月にも作る予定である。さらに新しい連載木嶋孝法さんの「宮沢賢治論」が28号で始まる。寄稿される原稿によってかなり発行時にばらつきがでるが、このやり方は自分の生活のペースに合わせてできるところがよさそうである。

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.27目次]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp