大いなる木の内部で

山本泰生



大いなる木の内部で生きて 消えていく もののひとつに わたしたち このことは案外知られていない なぜなら 何も見えないし 聞こえないし 触らないし 気配とても迫ってこないから けれど いっぽんの細い根から わたしたち それぞれは 露か ひこばえと似た おいたちがはじまる   (水いろの 小さな足から土の精気を吸い あふれる樹液をミルクに 微かに伸びて まいにち幹の柔らかい園で 遊び過ごす   (桃いろの ざわめきの中心 直立させる背骨があり 吊り下げられた影がいる ぴちぴちした枝をたがいに擦りあわせ 血の垂れる切口どうし つながることもある   (草いろの シーツが狂おしく波打つ そっと片隅から 新しい泣き声 深い森に喜び歌が響く いつのまにやら いのちの中継   (銀いろの 螺子釘のロケット わたしたち 囲いの木を突き破ろう 異界に踊り出ようとして 創造の発信 ただ創発の夢に身を焦がす まさかの落雷 ざっくり裂ける痛みを実感するのも この頃   (藍いろの 今この辺りの わたしたち 腹だけ肥え 樹皮も剥げ 無言で通過している なぜか風吹かれるままの ちちはは その回収されるところをうかがう 鳥の帰る空のもっと向こう 舟形のちぎれ雲   (朱いろの 影がちらつき ひょっとすると あれは実 懸命に生きてきたことの褒美か それとも 取り繕ってきた生き方の動脈瘤だろうか もうしばらく 鳥たち わたしたちをこのまま放置してくれ 何てことない影 魂の垢によって それでも たった一ミリの何億何兆分の一 ヒト系統樹の年輪に加えられるか 尊さも失せ確実に枯れつつある この

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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