占領


盆なので田舎に帰っていた。きたない星が砂のように空にちらばっていた。土用波が崖にぶつかってしぶきをあげていた。西瓜のような顔をしたK子が歩いてきて、崖から身投げした。変な夢だなあと思ったら眼が覚めた。机から顔を上げると教室にはだれもいなくて黒板に「国文学実習は外で」と大きく書いてあった。校舎の外に出ると武者小路や太宰や三島や大江たちが二列に整列していたので私も列に入った。「これで全部だね。それでは出発。」と教官が言った。私たちはラ・マルセイエーズを歌いながら、足並そろえて行進しはじめた。そうか、日本はフランスに占領されたのだな。校舎の他はみんな空襲で焼けてしまってこげくさい。天丼屋の裕さんは急進的な攘夷論者だったけれど、満州で不自由していないだろうか。それよりも心配なのは同い年のなるちゃんだ。彼は美少年だったから毛むくじゃらのフランスの兵隊に犯されて痔になったりしていないだろうか。などととりとめもなく考えていると、突然教官が「止まれ」とどなった。目の前に大きな鉄の棒が立っていた。武者小路や太宰や三島や大江たちは噛んでいたガムをひものようにひきのばして、端を鉄棒にくっつけて、腕を組んだり、首をかしげたり、うなったりしながら、口から長々とのびたガムを見つめていたので、私もいそいでガムを噛み、彼らに従った。ガムには一列にひらがなが並んでいた。「うからずみなてらもぬこひひかしりきをかそたらやにまみさせるがらほむにつつらきさにはやよどはかるすもそのでにのぞつあゆりかけなる。」 私はすぐに意味がわかったのでガムを再び口に収めて教官に言った。「これは俊成の『恨みても恋しきかたやまさるらむつらさはよはるものにぞありける』という歌と『数ならぬひかりを空に見せ顔に月にやどかす袖のつゆかな』という歌のアマルガムでしょう。」 教官は口惜しそうに首をたてにふった。私は「ちょっとなるちゃんが心配なので見てきます。」と教官に言って校舎に戻った。便所に入るとはたしてなるちゃんの「うーん、うーん。」という声が聞こえてきた。私は「なるちゃん、だいじょうぶ?」と声をかけようとしたが、その時後ろから「だめよ、なるちゃんはお楽しみなんだから。」という声がした。ふり返るとK子だった。まだ日本に日本人の女が残っていたのかと思うと私は感激して、急にK子が好きになった。そこで私は、K子のなめくじが二匹並んだような唇にキスをした。


(C) Copyright, 1995 NAGAO, Takahiro
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