20 続・境界線を歩く



写真20-1

写真20-1 山田富士公園前交差点
 ニュータウン第1地区を一通り歩くことを目標として、中川(写真18-4)に歩いていったが、その北側にまだ歩いていないところがある。それは、すみれが丘交差点(写真17-11)から先の日吉元石川線沿いである。鷺沼行きのバスはこの交差点で右折してケヤキ通りを通って行くが、たまプラーザ行きのバスは厚木街道の先まで日吉元石川線を走る。だから、車を買う前からこの部分はバスから見たことはある。しかし、歩いたことはない。やはり、ここも歩かないとニュータウン第1地区を全部歩いたことにはならないような気がしてきた。
写真20-2

写真20-2 牛久保2丁目交差点
 ふじやとの道(干支の石の遊歩道)を山田富士(写真3-6)まで歩き、そこから日吉元石川線の旧道を歩いて山田富士公園前交差点(写真20-1)で佐江戸北山田線を渡る。ヒルトップコートきらめきの街(写真17-18)の前を通って、麦笛歩道橋(写真17-17)で日吉元石川線を渡り、さらに西に向かう。すみれが丘交差点以外のところで中山北山田線を渡ろうとしたら、少し南に引き寄せられてしまったが、紳士服のアオキのところで中山北山田線を渡り(写真20-2)、今日の目的地に入る。日吉元石川線まで北に戻って、すみれが丘南交差点に着く(写真20-3)。
写真20-3

写真20-3 すみれが丘南交差点
 このあたりの北側はすみれが丘でニュータウンではない。南側はニュータウンの牛久保である。しかし、すみれが丘南交差点から先は、南側のニュータウン部分の幅はわずか100mほどになってしまう。この部分とさらに南側の中川駅周辺(写真18-15)の間には、非ニュータウン区域がはさまれていて、住所も旧地番の牛久保町になっている。このことは地図でも確かめられるが、たとえばたまプラーザ行きのバスに乗って左側の窓の外を見ているとよくわかる。すぐそばに緑色のちょっと小高い地帯が迫っていて、そこで造成地がはっきりと途切れているのである。以前から、ここはいったいどうなっているのか、とても興味があった。どうなっているのだろう?
写真20-4

写真20-4 牛久保町の梅
 日吉元石川線よりも少し南のニュータウンとニュータウンではない場所の境界を歩いてみる。緑色の小高い地帯と書いたが、ここは決して人が住んでいない森になっているわけではない。地図を見ても、心細い道がいくつか描かれているが、バスから眺めても、農家らしきものが丘の上に建っている。それを見ていると、ニュータウン軍の攻撃に対して戦っている山城のような感じがする。境界の道をしばらく歩くと、この小高い地帯に上がっていく階段があった。そこを上って丘の上を見ると、畑になっていた。細い道の先には農家が見える。しかし、この道はその農家に行くための専用道という感じがした。見知らぬニュータウン種族が勝手に入っていってはいけないような感じがしたのである。農家に尻を向けて満開の梅の花の写真を1枚撮らせていただいてから(写真20-4)、階段を下りてニュータウンに戻った。
写真20-5

写真20-5 望みが丘歩道橋の日吉元石川線
 この地域に入っていけそうな道はほかに見付からず、もしあったとしても、同じようにニュータウン種族の進入を拒むものでしかないような気がしたので、もうこの地域を探ることは諦めて日吉元石川線の最後の歩道橋に向かった。実は、今までの散歩で、日吉元石川線を跨る歩道橋は、ここの1つを除き、すべて渡っているのである。最後の歩道橋は望みが丘歩道橋と言い、研究所前バス停のところにある(写真20-5)。このあたりでは道の北側も牛久保になり、両側がニュータウンだが、歩道橋からも見える小山田交差点のあたりでニュータウン第1地区の北西端になる。それはともかく、バス停の研究所前という名前はなかなかよくしたもので、ここで言う研究所は、西洋語で言えばさしずめ複数形なのである。ニュータウンは、住宅地に限ったものではなくて、商業地(たとえばセンター北: 写真14-3、センター南)、工業地(たとえば東山田工業団地もニュータウン: 写真11-8)も含まれており、企業誘致もしているらしい(住宅都市整備公団の企業立地ページを参照)。小山田交差点から右に曲がった道の左側も、研究所誘致地域となっていて、ボッシュ、アイネス、オンワード樫山の3社の研究所が軒を並べているのである。
写真20-6

写真20-6 牛久保から市境の道へ入る
 小山田交差点で右に曲がり、その道を歩く。かなり急な上り坂になっていて上がり切ったところが市境になっている。実は、今日の散歩のもう1つの目的は、タイトルにもあるようにこの市境の道にある。鷺沼への抜け道として使っており、散歩でも1度通った打越交差点(写真13-11)を起点とする市境の細道は、地図を見ると、ケヤキ通りを渡ってこちらの方まで伸びている。鷺沼に行くときは、ケヤキ通りかその手前で右に曲がってしまう。散歩を始めて地図で歩ける道を探すようになるまで、この道がケヤキ通りを渡って、こちらの方まで伸びているということを知らなかった。知らなかったのだから、車でも通ったことはない。研究所の横の坂道はやはり鷺沼に行く経路として以前は頻繁に使っていたのだが、そこから見ると、この市境の道はとても心細い感じで、すぐ先で行き止まりになっているのではないかと思っていた(写真20-6)。今日の帰りはそこを歩いてみようというわけである。
写真20-7

写真20-7 見晴らしのよい市境
 歩き始めてすぐ、これはいいところを通ったと思った。とても見晴らしのよいところに出たのである(写真20-7)。センター北の観覧車(写真14-3)やビュープラザセンター北(写真12-2)のようなニュータウン内の高層建築だけではなく、横浜市中心部のみなとみらい地区にあるランドマークタワーとか半月形のインターコンチネンタルホテルといったものまで見える。
写真20-8

写真20-8 有馬変電所
 境界ということで言えば、このあたりは写真13-4のあたりと同じようにフェンスが立てられていて、横浜側が1段低くなっていたのでわかりやすかったが、横浜市側がすみれが丘になった頃には、右も左も同じように住宅が建ち並んでいるだけで、とても市境とは思えなかった。そしてケヤキ通りに出てきた。ここには、鷺沼行きバスの有馬変電所というバス停があり、実際に変電所がある(写真20-8)。この変電所には、早渕川岸(写真19-29)の方から庚申塚(写真7-1)、あおぞら公園(写真13-6)を通って、北山田の住宅街(写真13-5)を貫通する高圧線がつながっている。
写真20-9

写真20-9 市営有馬第2団地
 ここからは車で頻繁に通っている道である。川崎市営有馬第2団地の端をかすめて(写真20-9)、有馬小学校(写真13-7)の横に出てきた。例によって、車で通っているときの感覚よりも近い。
写真20-10

写真20-10 たむかいや
 有馬小学校の手前まで少し戻り、北山田の住宅街に入っていく。以前、山田富士公園のそばに田向屋という店があって、そのたたずまいが気に入っていると書いた(写真3-12)が、その後何度かこの前を通ってよく見ると、タバコやジュースの自動販売機が置いてあるだけで店の実体がない。おかしいなと思っていたら、車でこの有馬小学校そばの北山田を通ったときに「たむかいや」という看板を見つけた。こちらは自動販売機だけではなく、店の実体もある。妻に聞くと、彼女は山田富士公園(写真3-2)の横の店しか知らないという。おそらく、山田富士公園の横は、国際水泳競技場(写真16-2)にも近いし、公園に遊びに来る人もいるが、住宅があまりないので、店の実体はこちらに引っ越してきたのだろう。その「たむかいや」がある場所を再確認して(写真20-10)、山田富士公園の横の田向屋自動販売機コーナーの前も通って帰ってきた。

参考地図

99/3/30


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