6 鎌田堂



写真6-1  妻から道中坂下の方にお地蔵さんがあると聞いた。道中坂下というのは、江田からの綱島行きが山田の次に停まるバス停である。ちょっとしたターミナルで、武蔵小杉行きの起点になっているほか、綱島から江田の路線のなかにも道中坂下行きがあるし、東山田営業所からの日吉行きも、もともとは道中坂下発で、営業所の移転にともなって営業所まで路線が延長されただけである。しかし、中原街道の新道(写真4-7)ができるまでは、山田から道中坂下までは一種の難所で、バスとバスがすれ違うときなどは、片方が少し幅の広いところで止まって待っていなければならなかったし、そうでなくても曲がりくねった峠道のようなところだったので、バスに乗っていても長く感じたし、歩いて行くには遠いところというイメージがあった。新道のおかげで難所という感じは消えたが、遠いという印象は残っている。ポケットピカチュウの数字を増やすにはちょうどよいかもしれない。
写真6-2  道中坂下の方に行くときには、同じ中原街道に出るにしても、のちめ不動(写真4-6)に行くときとは別のちょっとした近道がある。家を出て左に曲がるところまでは同じだが、下り坂に向かって右に曲がるよりも手前のところで、左に上がっていく階段がある。この階段を上り切ったところで右に曲がると、しばらく、裏のバス通り(写真5-11)と平行して坂を上る(写真6-1)。坂を上り切ったところはT字路になっており、前には進めない。ここで左に行くとすぐにバス通りである。実際、裏のバス通りのバスに乗るときには、ここを通って長泉寺よりも1つ営業所寄りの山田小学校というバス停に行く。しかし、今日はそのバス停までは行かず、坂の上の白根家(写真6-2)で腹ごしらえをしていく。ここはできて1年ほどの新しい蕎麦屋である。何度か出前を頼んだことはあるが、店がここにあるということはつい最近まで知らなかった。今のところ、私の家からもっとも近い食べ物屋である。たぬきうどんの大盛り。1人で蕎麦屋に入ると、どの店でもかならずたぬきうどんを食べる。
写真6-3  裏のバス通りを渡り、先ほどのT字路を過ぎて白根家からの道をまっすぐ歩くと、上り坂になって、山田小学校の校庭側に出る。向かい側には、写真4-8でも写っていたマンション(コンフォール城山の丘と言うそうだ)がある。山田小学校のところは、この小さな丘の頂上になっており、ここからの道はすべて下り坂である。昔、山田小学校の近辺に諏訪神社があったというのも肯ける(写真5-6の説明を参照)。小学校を過ぎるとすぐに道は急に右に曲がってゆうやけ公園(写真4-2)の方に向かってしまうが、右に曲がらずまっすぐに行ける細い道がある。細い道から先はニュータウン以前に開発された住宅地で、ニュータウン区域外である。すでに街になっていたのでニュータウンにする必要がなかったのである。ニュータウンのような規制がないので、家と家の間隔が狭い。細い道自体は非常に急な下り坂で、逆方向にはあまり歩きたくない。坂をすべて下りると山田小学校下という名前の交差点があり(写真6-3)、これが旧中原街道である。
写真6-4  のちめ不動を背にして少し歩くと、新道と交わる。100mほど旧道は新道に吸収されてしまうが、またすぐに分岐して、今度は道中坂下の交差点で合流する。歩いてみると、あっけないもので、あっという間に道中坂下交差点(写真6-4)に着いた。しかし、お地蔵さんがどこにあるかはわからない。ちゃんと調べてくればよかったと思ったが、出かける前にはそういうことは思い付かないものである。当てずっぽうでそのまま中原街道を東京方面に歩いていったら、わずか100mほどでそれらしいものが中原街道沿いに見付かった。なんだ、簡単じゃないか。
写真6-5  お地蔵さん(写真6-5)は、いわゆる六地蔵。やけに新しいなと思ったら、裏に平成九年と書いてあった。反対側には、これらよりも明らかに古い石仏が並べられており、奥に小さな本堂があった。鎌田堂というらしい。本堂には世田谷区若林の人のお札のようなものが引っかかっていた。小杉、日吉、綱島のどこかからバスに乗れば確かに来られる場所ではあるが、田舎のこんな小さなお堂のことを東京の人がよく知っているものだと驚いた。普段は無人だが、24日になるとお堂の扉を開けると書いてある。檀徒、信徒が建てた鎌田堂の由来という石碑を見ると、江戸時代までは念仏道場として繁栄し、堂の前の坂を道場坂と呼んだとのこと。道場坂が何かの加減で道中坂になり、その坂下が道中坂下になったのだろう。
写真6-6  同じ道を帰るのでは面白くないので、中原街道をさらに東京寄りに歩いて行くと、第三京浜のガードの少し手前に左に曲がって上がっていく坂道があり、その手前に山田小学校入口と書いてあった(写真6-6)。ここは車では何度か通ったことがあるが、そんな道があることには気付かなかったので、早速歩いてみることにした。
写真6-7  細い道なのに、なぜか車が多く、どれもかなりスピードを出してくるので恐い。しかし、竹薮を抜けて坂の上まで上るとその理由がわかった。この道は、山田小学校への入口である前に、東山田工業団地(写真6-7)の入口だったのである。裏のバス通りを車で走り、東山田営業所のバス停を過ぎると、右側に事業所風の建物が並んでいるのが見えるので、そういうものがあるらしいということは感じていたが、看板で企業名一覧を見ると、思っていたよりもたくさんある。
写真6-8  工業団地の入口を通り過ぎると、果たして車の交通量は減った。左側はヴィレッジの面影を残す田園風景である。少し行くと、東急バス東山田営業所の裏に出た(写真6-8)。独身時代に住んでいた池尻のアパートの近くにあった淡島営業所と同じような感じである。営業所のバス停には行ったことがあるが、営業所に並んでいるバスの群れを見るのは初めてだった。だから、営業所のさらに裏側に東山田そよかぜ公園という児童公園があることは知らなかった。しかし、この公園はゆうやけ公園と比べて狭く、南側に竹薮があるので日当たりがよくない。遊具もあまりない。そよかぜ公園を過ぎるとすぐ、竹薮はなくなり、畑の向こうにコンフォール城山の丘と山田小学校が見えてくる。遠いと思っていた道中坂下だが、実際に歩いてみるとそれほどでもなかった。日吉発のバスは、道中坂下からのちめ不動交差点、城山交差点を通って営業所に戻ってくるが、この経路だと、今通ってきた道の3倍くらいの距離になるはずだ。

参考地図

99/1/27


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