8 北の方



 これまでの散歩で東(道中坂、鎌田堂)と南(山田神社)と西(山田富士、国際水泳競技場)には行ったが、北には行っていない。それというのも、北の方には山田神社や山田富士程度の観光地すらないからである。しかし、私がしているのは散歩であって、観光旅行ではない。行っていない北の方にも行ってみようと思った。
 私が住んでいるのは、東山田は東山田でも3丁目である。1、2丁目はもちろん、4丁目まである。そして、ニュータウンに含まれていない東山田町もあって、ここは何千何百何十何番地という旧地番のまま残っている。道中坂下のあたりは、丁目の付かない東山田町である。私が引っ越してきた頃は、3、4丁目だけがあって1、2丁目はなく、3丁目も旧地番から変更になったばかりだった。私の家は3丁目26番唯一の家だったが、なぜか最初から16号だった。ほかに15軒も建つのだろうかと思ったが、やっぱりそこまでは建っていない。しかし、5軒くらいはある。引っ越してきた当座は町内会も東山田全体で1つだったが、今は丁目ごとに町内会ができ、東山田全体で連合町内会というものを作っている。
写真8-1  白根家(写真6-2)のところまでは、鎌田堂に行ったときと同じ道(写真6-1)である。白根家のところから裏のバス通りを営業所の方に歩く。まずは、写真5-19の奥に写っている歩道橋に上がり、これから行く方向を見ておく(写真8-1)。歩道橋の下の山田小学校バス停は、鷺沼行きに乗るときに利用する。道はこのバス停を少し過ぎたあたりを頂点として下り坂になっていくので、遠くがあまり見えない。この先にはコンフォール東山田という公団のマンションがあり、写真にも写ってはいるのだが、実際よりも随分低く見える。コンフォール城山の丘(写真4-8)の入居が完成後もなかなか始まらなかったのは、このマンションがなかなか売れなかったからだと言われている。しかも、同じコンフォール東山田の住民の間でも、先に入居した人の方が後から入居した人よりもかなり高い買物をさせられてしまって、住宅都市整備公団との間で裁判になっている。
写真8-2  坂を少し下りると、東山田営業所のバス停(写真8-2)があって、その先の信号を右に入ると営業所(写真6-8)がある。ここで、信号のこちら側と向こう側の両方からバスが営業所に入るという珍しい光景を見た。そもそも、バスが走っているのを見るだけでも珍しいのである。2台も見ると言ったら奇跡に近い。向こう側から来たバスは、センター北(あるいはセンター南)から国際水泳競技場の前を通ってここまで来る路線である。
写真8-3  営業所の信号を過ぎると、そこから4丁目である。道路沿いにコンフォール東山田が建っているが、近すぎてカメラのフレームに入らないので、案内図だけ(写真8-3)。単一の建物だけではなく、全部で7棟あるが、道路に面した棟が一番高い。公団のマンションは、このように数棟から成り、道路に面した1棟だけが階数が多いという形式になっているものが多いようだ。
写真8-4  コンフォール東山田を過ぎて少し歩くと、右にヤマト運輸の営業所(写真8-4)、左に観音寺があって、東山田公園という名前の交差点に着く。うちに届く宅急便は、みなこの営業所を経由している。営業所からこのあたりまで、右側は東山田工業団地(写真6-7)になっているはずだが、道からは工場はあまり見えない。唯一、このヤマト運輸の営業所のところで片鱗が見えるだけだ。
写真8-5  東山田公園交差点(写真8-5)を過ぎると、道は途端に細くなる。右側に行く道も細く、左側に行く道だけが太い。国際水泳競技場経由でセンター北に行くバスは、ここで左に曲がる。右前には東山田あさやけ公園という小さな児童公園がある。実は、ここをまっすぐに行く細い道は、以前は車でよく通った。すぐ先の行き止まりまで行って右に曲がり、そこから第三京浜の下まで行くと再び行き止まりになる。ここを左に曲がって少し行くと鷺沼から武蔵小杉行きのバスが通る細い県道に出る。この県道に出て少し走ると、中原街道に出るのである。第三京浜に都筑インターができるまでは、ここを通って中原街道に出て都内に向かっていた。中原街道は、神奈川県内ではだいたい写真4-5のような調子である上に、信号と交通量が多いのでなかなか多摩川を渡れないのだが、国道246号線も混雑するので、行先次第ではこちらの方が早かったのである。しかし、今はどこに行くにも第三京浜を使う。
写真8-6  懐かしいその道を最初の行き止まりまで行ってみた。なぜ行き止まりかというと、この先は川になっているのである(写真8-6)。細い川だが、これが横浜と川崎の市境になっていて、跨ぎ越す橋があまりないので、川崎側にはなかなか行けない。第三京浜の下の細道は、この川を跨ぎ越す貴重な道なのである。
写真8-7  東山田公園の交差点まで戻り、センター北行きのバス通りに沿って歩くと、コンフォール東山田が裏側から見える。このあたりは私の家あたりと比べてもあまり交通の便がよくなさそうなのだが、早くから家が建っていたようである。早くからといっても、それほど古いわけではないが、新築という感じでもない。バス通りは頻繁というわけでもないが、車で通ったことがあるので、車では通れない裏道に入ってみる。いつの間にか4丁目を過ぎて2丁目になっている。少し入ったところで、工事現場に行き当たった。なかを覗くと、東山田公園(写真8-7)と書いてある。先ほどのあさやけ公園やうちの近所のゆうやけ公園(写真4-2)とは異なり、これは児童公園ではないようだ。これらの児童公園よりもかなり広い。これはいいものを見つけた。いつになったら完成するのかわからないが、完成したら子供を連れて遊びに来ようと思った。
写真8-8  工事現場のそばに中華料理の大天海(写真8-8)があった。こう書いてダイテンシンと読む。この日は白根家が休みでここまで食べずに歩いてきたので、遅い昼食を取ることにした。ここではよく出前は注文するのだが、店に来たのは2度目である。1度目は、誰かほかの人の車に乗せてきてもらったので、場所は覚えていなかったのだが、来てみると、なんだ歩いてこれるじゃないかと思った。店には昼休みの会社員が数人食べに来ていて、大声で話していた。昼間からカメラを持ってほっつき歩いているあまり老人力もなさそうな男である私は、ちょっと居心地が悪かった。そそくさとワンタンメンを食べて外に出た。外に出て店からかなり離れたところでこっそり写真を撮ったので、どんな店だかよくわからない写真になってしまった。
写真8-9  工事中の東山田公園に沿って西に向かっていくと、東山田公園とは別にサッカー場(写真8-9)があった。そういえば、小学校のそばを歩いていたとき、この方角から子供たちが体操服で小学校に向かって歩いてくるのを見かけた。山田小にも運動場はあるのだが、サッカーができるほど広くはないので、あるいはここを使っていたのかもしれない。こんなものがあるのも知らなかったので驚いた。そして、サッカー場から離れてすぐ、前を見たら庚申塚(写真7-1)があったのでさらにびっくりした。歩いて5分もかからないところのことを何も知らなかったのである。
写真8-10  まだ歩くつもりでいたのに、突然家の近くに出てきてしまったが、このまま帰るのではちょっと物足りない。庚申塚から高見沢電機を通って国際水泳競技場の方に向かう道と空地を挟んで平行に道があったので、そこを歩くことにした。途中で歩道と車道がわかれて、歩道の方は別の車道と立体交差になっている。小さなトンネルを抜けた向こう側はまだ空地が多いが、住居表示を見ると東山田1丁目となっていた。少し歩くと、また児童公園があった。今度は東山田あおぞら公園(写真8-10)だそうな。小さな山から滑り降りる滑り台というような魅力的なものもあるが、庚申塚のところを通っている高圧線が公園の真上にある。ちょっと落ち着かない感じがした。公園を過ぎて左側を見ると、水泳競技場の裏口(写真7-3)が見えた。今日はもうこれでいいやと思い、この間とは逆に高見沢電機と庚申塚の前を通って帰った。

参考地図

99/2/8


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