祭礼

倉田良成



颱風の去った日 斜光のふりそそぐ夕ぐれの街で 冷や酒を舐め あぶった内臓を食らう男たち かすかに血のいろを揺らす商店通りに 子供を抱き 怒ったように 女たちは寡黙だ やがてはるかにきりたつ風が来る 光の束が海面の一か所にあつまる 沈黙は絶対である 口をひらく存在があるとすれば ヤー 肯定の声 この地上で誰も聞いた者はない 大蛇のように輝くうしおに乗り 蝋涙のつくる積乱雲の沖から 漂着するすずしいササブネ ナギの木ごしにのぞく灰の眼 森を散歩する犬が人を引っ張る 秋は深いところまで来たようだ 犬の前身が見えない 世界の裏側の 美しい遺骸をむさぼっているから たけり狂うカナカナのさけびを背に そしてそのまま近づいてくる 死は謎ではない 生が奇跡なのだ ならば死はその不思議にいろどられた ひとつの知慧でなくてはならない 雨のやどりの無常迅速* 恒星のまたたきよりもはやく 零れるみずぐきのうごきが告げる 生まれたことのおおきな悲しみは 時の夢幻のうちにわきあがる ちいさなよろこびに変わってゆくと はがねのような九月の空の リンデンバウムのしたで吼えるライオン 金剛の言葉の粒 そのとき 東の果ての細長い平地で 盲僧が 弦を擦る 火の点線をすあしで歩きながら 酔うと男たちは立ちあがり 街のはずれへ呼ばれてゆく 水を打ち 塩を盛り 闇のおくでしずかに白熱する笛 (まるで希望のように) 秋の祭礼がはじまったのだ

(連作《SEPTEMBER VOICE》より)

    *『芭蕉七部集』より。なお「おおきな悲しみ」云々は、田村隆一氏の作品『犬』からいただいたことをお断りしておく

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.11目次] [前頁(城と洞の扉に炎がもえる)] [次頁(「棲家」について 5)]
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