「棲家」について 5

築山登美夫



 そのようにみてみると、鮎川信夫には『難路行』以前にも〈ジャンヌ詩篇〉(前号参照)と名づけたくなるような作品群が存在していることに気づく。その嚆矢は「生証人」(71年)だろうか。

 入日の色がほんのりと/ふくらはぎからのどに昇ってくる/悲しい体にぞっこんまいって/あっさりと未来を売りわたした/ゆるしてくださいまし/けちな動物のプライドにかけて/くる日もくる日も/意地汚なく愛撫を重ね/天地をさかさまにして/入日のさまを/覗き見してきたのだ/もう誰も知りたがらない二人の秘密/ありったけの力をこめて/幾重ものドアを叩いてきた/空虚なこだまのなかの幾歳月/ある日 女は狂った目をして言った/「あなたは誰?」と
(「生証人」全文)

 愛撫によって入日の色にいろづく女の体にぞっこんになって日々を過した。女はそんな世間とは没交渉の日々(「もう誰も知りたがらない二人の秘密」)にしだいに精神の平衡を狂わせてしまった。そのような男の歳月の「生証人」が、もう男がだれであるかもわからなくなった女である――というのであろう。『鮎川信夫全詩集』ではこのあとに「どくろの目に」「宿恋行」とつづき、そこから詩集『宿恋行』の世界がひらけていく。その直前の作品群である。

 血まみれの夕日が沈み/なまぐさい風が吹いてくると/どくろの目に涙がたまる//何度殺しても/すぐ生きかえり/草葉の蔭を恋しがって/早く早くとせきたてる/大好きな女の/なまめかしい幽霊にこがれて/どくろの目に涙がたまる//手に手をとって逃げたのに/いつかはぐれて一人になった/どくろの目に涙がたまる//これでもかこれでもかと/憎しみ燃やして/いのちを刻む/滅びようのないかたちがなつかしい/……そんなことは一度もなかった/もう夢には戻れない/どくろの目に涙がたまる
(「どくろの目に」全文)

 たとえば渋沢孝輔は「生証人」に登場する女とは《おそらくそのまま日本の戦後である》と云っている。また北川透は「どくろの目に」の《どくろのイメージは、やはり、戦争体験の傷痕からでてきていると受け取るのが自然だろう》と述べている。だが先入見なしにこれらの作品とのみむかいあえば、これらの詩の喩法が、そうした戦後詩的喩法による読みの固着をふりきった場処におかれようとしていること、そのことが詩のモチフとされていることはあきらかなのではないだろうか。
 つまり「生証人」の女は、「日本の戦後」にかぎらずどんな時代社会の意味への喩的還元もゆるさないエロス的体験そのものについたイメージとして出現しているし、「どくろの目に」のどくろは、性愛と愛怨とによって生命を衰耗させてしまった男のふたしかな心象による自画像であるというように、これらは戦争や戦後の体験の囲いから脱け出したところに出現した、過去の体験と断絶した対幻想のイメージなのである。
 《ありったけの力をこめて/幾重ものドアを叩いてきた/空虚なこだまのなかの幾歳月/ある日 女は狂った目をして言った/「あなたは誰?」と》《これでもかこれでもかと/憎しみ燃やして/いのちを刻む/滅びようのないかたちがなつかしい》――これらの詩句が鮎川のかつての詩、戦後詩そのものであった彼の詩の屈折――だれとも共有することのできない私的な経験の奥処と、それを生みだしたひとつの時代社会の経験を喩的に照応させようとする営為がうんだ屈折から、自由になろうとして、私的な経験の奥処そのものについたところから出現していることはうたがいえないのだ。そこでよびこまれたのが、このような、むしろ断絶によって空白に直面し、衰耗するエロスの閉じられた世界であったとしても、である。
 そのようにひとつの時代社会の体験の固定された囲いをとりはらったとき、そこに俗謡の七五律が混入してきていること、また詩形の短さ(それは媒体によって設定されたものでもあろうが)の伝統についていること――鮎川は「『宿恋行』について」(76年)でこの当時の文語七五律の詩日記を公開している。そのことからみても、それがじゅうぶんに意識された実験であったとことは想像にかたくないが、それゆえになおこの当時の彼の詩の困難をあかしているようだ。

 季節はずれの花なれば/狂う命のありときく/行けどもつきぬ恋の闇/あわれやいかに花の香の/情けうすれしあだしごと/風に吹かれてせんもなき/都わすれの濃紫/季節はずれの花にあい/むかしのひとを/おもうかや

 白い月のえまい淋しく/すすきの穂が遠くからおいでおいでと手招く/吹きさらしの露の寝ざめの空耳か/どこからか砧を打つ音がかすかに聞えてくる/わたしを呼んでいるにちがいないのだが/どうしてもその主の姿を尋ねあてることができない/さまよい疲れて歩いた道の幾千里/五十年の記憶は闇また闇。

 はじめの引用がその詩日記からであり、あとの引用が「宿恋行」(72年)である。「『宿恋行』について」によれば前者の「行けどもつきぬ恋の闇」が後者に残響をとどめたとされるが、それいじょうに前者の文語七五律は「宿恋行」のモチフを露出させているとみることができよう。前者にくらべ「宿恋行」ははるかに拡がりのあるイメージと韻律を恢復した世界であることはいうまでもないが、その濃密なエロスの体験の探索というモチフはさいごの二行によって見づらくなってしまっている。そしてこのような逆説的な表出の回路をへて鮎川ははじめて詩の再生にであったのだ。
 わたしはすでにこの連載の第1回で「鮎川の詩を、もう一度、男女の秘事そのものへ、戦後社会の喩をこえて、さしもどすこと」と書いたが、ここでようやくその端緒にたどりついたようである。

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