ものろおぐ

藤林靖晃



あれは黄色い四肢と人の影 何者か何処へ何処から 真昼の二時十五分老婆か少年か女か群衆か ぎらぎら照りつける陽の真下で無数の人が行き交い 裸体の老人が泥土をくわえる 彼は一本の草を握りしめ 花々の亡骸を砂上に植え数千年を待つ 微風が静かすぎる! 君は一体何をしている? 秒針の音が響き私はいちまいの紙片を捜している 今何時だろう 此処は何処だろう 埋没した印度洋と欠け落ちたロンドンブリッジは我々の手中にある 私は干からびた男の皮膚を見つめる 路上を蠢くひとびと 貴方たちは? 靴音と話し声が高すぎて心音が聞こえないではないか 待って欲しい ひとつの石ころを求めているのは誰か とうの昔に住んでいた彼の老女を呼んでみるが 直射する光がわたしの瞳孔を奪ったとしても 口腔は失った記憶の中に消滅しても 見知らぬ老人は笑っている嗤う 笑ってはいけないんだね ふゝゝ 君は何も彼も誤解している 君には解らない はゝゝ 君には 君達には 歩き給え 歩け 海の彼方に明りが生まれた知っているか 声ヲ 私ハ 聞ク 術ガ 無イ 唯物的な内臓を見ることができるとしても 滴り落ちる汗に大きな欲望を託すのだが アスファルトの上はいいね草も木も無い どれが現実だってどれが夢だって 何にも在りはしないだろう明るすぎる部屋全てが見える 老人は息づいているのか 烈風が指の上で 非在などと呼んではならない 微風が耳の中で この踝の黒いあざを見給えみろ逃げては不可ない たるみすぎた皮は何を暗示している饒舌を終えろ 動けないではないか私は怒声を欲するか考えないで呉れ 道が毀れる路が焼けるニューヨークシティに雨が 今は何世紀かって? 君達は疑いを抱きすぎる 私は数百年と瞬時の眠りの中へ静かにひっそりと落ちてゆく

[ホームページ(清水)] [ホームページ(長尾)] [編集室/雑記帳]
エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
[No.20目次] [前頁(『雁の童子』考)] [次頁(バタイユ・マテリアリスト 4)]
mail: shimirin@kt.rim.or.jp error report: nyagao@longtail.co.jp