ゆうぐれ、雀の群れが街路樹にひしめいて囀るのは何の予兆だろう?
はげしい大風が抜けていった青空のしたの公園は
旗や風船や甘い水の痕跡をいちめんに撒き散らして去った祭りのあとのようだ
クリバン・キャットのTシャツを着たきみの上半身を池のほとりで撮る
ファインダーのむこうは明るくて、静かな笑顔で
やがて老年へゆっくりと舳先をめぐらす私から覗けば
きみは永遠の側にいる
(人生は短く、悦びは深い)
紀元前からの石の橋を渡って行ったトラステヴェレで
きみは腰に異物をひっかけられた
そののち、建物の谷間の狭くて濃い空のしたで私たちは幸福な昼食をとった
この街にただよう獣肉のかすかな腐臭のようなものと
強い肯定に似たハーブの高い香りとをどう理解すればいいのだろう?
人骨が華やかに編み上げられているという骸骨寺には、
きみをとうとう連れていかなかった
(この街には悲しみはない、永遠に生きられないという
明快な絶望はあっても)
きのうはおふくろをとうとう鎌倉に連れていけなかった
マンションの五階から見る颱風の景色は難破船めいて
脳裏で飛沫をあげる鎌倉の海はきょうになっても鈍くかがやく
祝福すべき齢になった母と、きみが
私にはわからない、
何か女らしい話題で笑うのが隣の部屋から聞こえてくる
(在五の中将ならこの家のなかのことを
「限りなくかなし」とつぶやくのだろうか?)*
(人生は短く、悦びは深い)
鳩の影に満ちた巨刹サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ脇の聖階段で
きみと私の背後を奪っていた古代の陶片色の空も
テルミニ駅まで乗っていったタクシーの車内にただよう
初老の運転手の昨夜きこしめしたグラッパの気配も、なお**
時間の彼方の夏に高く匂っているのだろうか?
*「伊勢物語」二十三段より
**グラッパは葡萄から造る強い蒸溜酒。イタリア焼酎といったところ。
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