獣の気配

谷元益男



毎年 初冬になると 人里に降りて来て 村人を脅した 作物を根こそぎ荒し 時には子供まで襲った その黒い獣を犬を連れたハンターが 仕留めようとしたが 影さえ見ることはできなかった 母はたまりかねて父に話した 作物が畑ごと喰われるので そこに通じる獣道に罠を 掛けたのだ 狩人は罠など笑って見向きもしない 寒い日が何日か過ぎ 母が木立の中を見に行くと 黒く大きな獣が罠にかかり 絡まって死んでいた 近くの木はなぎ倒され 細い木の枝は皮をはがれ 白い糸のように巻きついていたという 村人は酒を酌みかわし 罠の仕掛けのうまさをほめ合った だが それから数日後 父は突然病で倒れ 自分が 誰なのかさえ判らなくなり ただひとを見て 泣くだけだった ぼくが駆け付けた時 一言も話せず ただ 壁だけを見つめていた ぼくは村から離れ 父からも離れて生きているが ときどき 黒い獣の影を 皮のように かぶるのだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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