107 小机町、鳥山町、新横浜(8月16日)



写真107-5

写真107-5 金剛寺境内の祠
 横浜上麻生線から200mほどで金剛寺の入口(写真107-1)に着いた。醫王山という山号で薬師如来を奉じているというのだから、病気を治してくれるということなのだろう(写真107-2)。階段の下には地蔵がある(写真107-3)。本堂は階段の上にあってなかなか大きなもの(写真107-4)。境内に注連縄を張った木と祠があり、ひょっとすると神社が寺に吸収されたのかもしれない(写真107-5)。本堂の前からは小机の町と横浜国際総合競技場がよく見えた(写真107-6)。
写真107-12

写真107-12 本法寺
 寺を通り過ぎてさらに先に進めば、横浜線の踏切りがあり(写真107-7)、小机城址公園が見えるが、今回はそちらには行かない。小机辻交差点(写真107-8)に戻り、横浜上麻生線を渡って反対の南側に歩いていく(写真107-9写真107-10)。道沿いに地神塔がある(写真107-11)。その先に日蓮宗の本法寺があった(写真107-12)。石造龍吐手水鉢(写真107-13)は、横浜市指定の文化財になっている。本堂は工事中(写真107-15)。鐘楼になっている山門から外に出る(写真107-14)。山門の横にもう1つ門がある(写真107-16)。
写真107-22

写真107-22 小机小学校
 本法寺からは上り坂(写真107-17)。右側に池があるところで突き当たりになり、そこで左に曲がるとさらに上り坂で小机小学校に向かう(写真107-18写真107-19)。小机小学校のまわりを左回りに歩く(写真107-20)。南側では、横浜市街のビルがよく見えた(写真107-21)。反対側にまわると(写真107-22)、小学校の裏口らしきものがあった(写真107-23)。小学校と反対の方向は、畑をはさんで住宅と道が見える(写真107-24)。この道は、畑を迂回して今歩いている道とつながっているのである。そしてこちらとあちらがちょうど合流するあたりにもう1本、切り通しを抜けていく細い道があった(写真107-25)。少し歩くと下りの階段になっていて、墓が見える(写真107-26)。この墓地は雲松院という第三の寺の墓地である。下り階段の途中で左に曲がり、その雲松院に向かう(写真107-27)。
写真107-32

写真107-32 雲松院本堂
 門の前に出てきたが、そこは閉ざされている(写真107-29)。向かい側には、臥龍閣という法事の会場のような建物がある(写真107-28)。時間が遅すぎるのか、それともこの寺は人が入れないようになっているのかと思ったが、少し先に開いている門があった(写真107-30)。本堂は後ろを山に囲まれている(写真107-31写真107-32)。小机城代が建てた寺で、その城代の家の菩提寺になっている。曹洞宗。
写真107-39

写真107-39 雲松院入口
 境内の外に出てくると、入山門という門(写真107-35)との間に小さな医院がある(写真107-33)。寺と一体化しているような感じだが、この日は休んでいるようだった。入山門の右側には祠があり(写真107-34)、その参道が小机城址公園への遊歩道だと書かれていた。入山門から外に向かっていくと、すぐに小机駅前の横浜上麻生線に出た(写真107-36写真107-39)。横浜上麻生線から駅は見えているが、車で駅前に入るためには、小机駅前交差点(写真107-37)で曲がらなければならない。このあたりの横浜上麻生線は、いわゆるアーケード街になっている(写真107-38)。先ほど潜った第三京浜はすぐそばに見える(写真107-40)。
写真107-41

写真107-41 小机駅
 小机駅前は、アスファルトが敷き詰められているだけの広場になっていた(写真107-41)。広場の外れに交番がある(写真107-42)。広場と横浜上麻生線の間は建物1軒分である(写真107-43)。駅前交差点から東神奈川方面に少し歩くと(写真107-44)、新羽踏切交差点(写真107-45)である。横浜上麻生線はここで横浜生田線と合流するが、私の方は横浜上麻生線から離れて横浜生田線に入る。新羽踏切(写真107-46)という名前は、新羽に向かう道の踏切だから付けられた名前で、踏切が新羽にあるわけではない。駅はすぐ目の前に見える(写真107-47)。横浜生田線は、小机町と鳥山町の境になっている。
写真107-57

写真107-57 横浜国際総合競技場南ゲート付近
 踏切を渡って少し歩くと(写真107-48)、横浜国際総合競技場の前に出てくる(写真107-49)。歩道橋を上って横浜生田線を見下ろす(写真107-50)。亀の甲橋(写真73-69)で鶴見川を渡ったら新羽町だが、川向こうの資生堂の研究所(写真73-64)が見える。競技場を背にすると、小机城址公園が見える(写真107-51)。歩道橋からは競技場に沿って新横浜駅方面に歩道が続いている(写真107-53)。歩道橋のすぐそばに西ゲート(写真107-52)があったが、この道を南ゲート近く(写真107-57)まで歩いた。南ゲート近くでは、老若男女が集まって何やら踊りの稽古をしていた(写真107-54写真107-55)。
写真107-64

写真107-64 新横浜駅前公園
 南ゲート近くの橋を渡っていく(写真107-56)。非常に太い道だが、ワールドカップが開催されたら、ここが人で埋まるのだろう(写真107-58)。歩道橋を渡り切ると、鳥山川の土手に出てきた。この川は新横浜と鳥山町の境界線になっている。鳥山町側を歩いて浜鳥橋に出る(写真107-60)。ここからも国際競技場に向かう大きな歩道がある(写真107-61)。2本の道があるのは、対戦相手のサポーターが同じ道を歩いてトラブルを起こさないように両者を隔離することを考えてのことだろうか。私は競技場を背にして浜鳥橋を渡り、新横浜に入った(写真107-62)。鳥山川の土手の新横浜側は公園になっている(写真107-63)。浜鳥橋近くには、野球場もあった(写真107-64)。
写真107-67

写真107-67 新横浜ラーメン博物館
 新横浜にはほとんどの場合、車で来る。車で来ると、やはり太い道しか通らないのである。1度歩いてきたことがあるが(73回)、そのときは雷雲に追いかけられていて、ゆっくり歩くどころではなかった。そういうわけで、路地を選んで歩く(写真107-66)。プリンスホテルのタワーからはだいぶ離れたところに、プリンスホテルスケートセンター(写真107-65)などというものがあることを知って驚いた。新横浜ラーメン博物館というのも初めて見た(写真107-67)。なかのラーメン屋さんでも金を取られるのに、さらに入館料を取るなんて信じられないと思ったが、かなり賑わっていた。一番混んでいる店は45分待ちだという(写真107-68)。
写真107-72

写真107-72 新横浜駅前交差点の歩道橋から見た環状2号線(東)
 新横浜駅前交差点には、環状2号線を渡る歩道橋がある(写真107-69)。普通の歩道橋よりもかなり幅が太い(写真107-70)。この散歩の基本に忠実に、歩道橋の上からは両方を見下ろす。西側(写真107-71)はJR横浜線を跨ぐためにすぐに上り坂になっている。東側(写真107-72)はプリンスホテルを初めとして、ビルが建ち並ぶ風景。しかし、このビルの風景は、まわりの田園風景を知っているだけに、何か唐突な感じがする。いずれにしても、今年はこのあと何やら忙しくなってしまい、これが最後の散歩になってしまった。来年はどうなるのやら。

参考地図

00/12/19


[フロントページ] [詩] [詩的日乗]

[目次] [写真索引] [サーチ]

[この回の写真一覧] [前頁(106 折本町、東方町、川向町、小机町(8月16日))]

mailto: webmaster@longtail.co.jp