風の日には耳をおさえて

堀亜夜子



耳が重たくなって わたしは ひとり言を言っている ことばは遠い水路へ落ちてゆく 皿の底で見知らぬ胞子がふくらみ 雨が降ると足裏は水にひたされている 男の耳と子供の耳の異変に はじめに気づいたのはわたしだった 耳の裏から奥の方へカビが 地図のように広がっている この穴の中では耳が同じように 変わってしまう わたしの耳も そういうわけで 穴の家から引っ越すことになった 風の家を探すのよ 不動産屋が葉っぱのような鍵を ヒラヒラさせながら風の家の下で待っている とぶように身体をうかせて下さい 三人は扉の方向へふわりと身体を動かした ぼくにたまった水が蒸発してゆくよ 子供のつま先から水滴が落ち 首のあたりはすでに気流の気配がある 窓は閉じているのに風の呼吸にあわせて 部屋の空気が動いている わたしは男と子どもの耳をみている カビが花粉のように舞い 軽くなった耳がことばを欲しがっている ここは風の家だわ わたしは耳をおさえる 葉っぱの鍵を買って 風の家に住むことが決まった 風の日には耳をおさえなくてはいけない とにかくそれはとても重要なことだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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