都市を巡る冒険
新宿・渋谷・池袋(二)

清水鱗造



 ぼくは二四六をくぐる地下道を歩いている。夜遅く仕事が終り、そのまま帰るのも、と思ってタクシーの運転手に泊まってもらったのだ。運転手は突然停めてほしいと言ったので、怪訝な顔をして振り向いた。ぼくはきっちりと料金を払い、もう誰の姿も見えない二四六沿いの歩道を歩き、道玄坂のほうに向かおうと地下道へ下りたのだ。中ほどまで来たところで、ぼくは遠くの向こう側の上がり口に黒い影が動くのを見た。暗い灯りの下にスプレーで「FUCK!」などと書いてある。汚れたジャンパーもデッキシューズも、ぼくのいでたちはこの地下道に似合わなくもない、と思いつつ黒い影のほうに向かっていった。不思議に怖さはなかった。
 地上の車の音がゴーゴー響いている。
 ぼくは黒い影が背の低い浮浪者であることを確認できるところまで歩いた。だんだん影は近づき、彼はぼくのほうを見ているのがわかる。
「これを買いませんか?」
 男はぼくに声をかけた。彼は手のひらに丸い石を並べてぼくに差しだした。
「いらないよ!」
 ぼくは無視して通り過ぎようとした。しかし、彼はしつこく追いかけてきた。階段を上りかけたところで、ぼくは彼の腰ひもに鉄の棒が差してあるのに気づき、まずいな、と思った。
「いくらなんだ?」「二百円でいいよ」
 そのとき、ぼくは階段の上から照らされた男の目つきを見定めた。
「二百円ならあげるよ」
 ぼくは財布を出して、コインをとりだしてわたした。そして、足早に階段を上った。
「受け取ってよ、ねえ」
 またまずいな、と思って振り向くと男は石をぼくの顔の前に差し出す。その辺に転がっているような石だ。ぼくはしかたなく手を出した。
熱い、その石は猛烈に熱かった。確実にぼくは火傷したと思った。石は歩道をころころと転がって止まった。後ろを見ると男はもういない。ぼくは石におそるおそる触ってみた。まだ石は熱い。そして街の灯りが全部消え、星がまたたいている。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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