あんかるわオリンピック

築山登美夫



あんかるわで詩の大会があるというので 主催者のKさんの住む下関に出かけた 空を飛ぶのは久しぶりだったが いっきに近くまで飛んで行くと もうあちこちで縦横に飛行している人たちが見えてきた 気持よさそうに自由自在に飛んでいるが よく観察するとそこには うまく云いあらわせない細かい規則があって たがいに相当の遠さで近づいたり離れたりしながら たくさんの規則にしたがって飛んでいるのがわかる ぼくの知っているNさんやTさん Sさんもいる Tさんもいる Fさん Fさんもいる (主催者のKさんはなぜか下の広場にいて 親友のNさんと哄笑しながら散歩している) ああ 思いつきや口からでまかせにも たくさんの細かい規則があって それを踏み外すにもおびただしい逸脱の規則があって ここでは自由自在の飛行が そのまま原稿用紙に筆記されて詩になっていく それをだれが読むのか だれが印刷するのか だれが審査するのか 急降下急降下 急上昇急上昇 回転 回転 しなやかな曲線を空に描いて 空間が極小になり 極大になる 翼のない腕をひろげて飛ぶみんなに混じって ぼくはすばやく空間をとおり抜け またとおり抜ける 《わたしたちを隔てていた壁が壊れ 耳慣れない言語が方々で撥けている》とか 《わたしはあなたの睡眠の奥に棲んでいて ときどき出現しては例の痙攣動作をするあの男です》とか 《世界の針が大きく振れて わたしたちはもう今まで通りの生き方はできないというのに》とか 《やっぱりあなたは変転きわまりない両性具有者として わたしたちの懐ろから羽毛のように飛び立ったのでした》とか 見えない狼藉の織りこまれた空間に縦横の傷を走らせ どんな幾何学でも解明できない規則の束をとき放ちながら さらに逸脱の規則を織りつづけることを だれが保証するのか だれが快楽するのか だれが それによって 生きる社会の病気から治癒するのか ああ 見おぼえのない ふたしかな天空のつらなり おしよせる波 波 波 そしてぼくはみごとに宙返って 地上から10メートルの高さの目標点に 〈着地〉したのだ

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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