ふいに隣の犬の名前を忘れる
赤い屋根の家で寝そべっている
耳の大きな甘ったれ
男嫌いという話だが
どうなのだろう
このごろはあまり吠えかかりもしない
風が襲来すると
肺葉いっぱいに冷たい酸素が湛えられる
小さな白い鏡のように
冬の空を映す太陽はほぼ真南にある
クルトン
は猫の名前だった
まだ飼い主を捜して鳴いているのだろうか
去年は動物にとって受難期だ
公園の青い滑り台では
女の子がうつ伏せになって降りてゆく
ここは子供たちの衆会所だ
戒律もあれば神学もある
私たちには永遠に理解できない言葉で
水べりのシダレヤナギは一月の沈黙のなか
真昼の遠い星々と交感している
空の奥深くピンのように光る
音のない機影よりもっと近いところで
犬はいまあくびをしている
彼女は人と眼が合うのを好まない
主人がなにか言っているが
私には聞きとれない
犬は「おあずけ」の姿勢をする
名前のないままで
一九九三・一・八
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