小さな街で

倉田良成



一月七日木曜雨 人生は 原則として祝福するに足る 傘をさし上げて池を見る 原則として 鴨の存在を肯定する 個体数四十八 それから 公園の曲がりくねった線に沿って (商店街へ向かって) ゆっくりと歩きだす この街は 葬儀場と病院がひとつずつ 急行は停まらない 眼鏡をかけた眼鏡屋が 生あくびをかみころすこの場所は 半分死んだふりをしているよう それが美徳だといえばいえる 夕暮の市場では冬の魚が割かれ 深紅の肉が並べられる 不精髭を生やして野菜をもとめる私は すでにゆるされているのか (でも、いったい何から?) 雨垂れが春のようにしきりだ 広場でサッカーに熱中する少年たちの 植物質の喚声も今日は聞こえない ただ淋漓と暮れてゆく灰色の絵の そこここに街路灯の円が滲み出し スーパーマーケットに横づけされた塵芥収集車が 雨の密度に閉じこめられて ひくい唸りを上げている スピーカーから鳴っている 調子外れのメロディには賛辞を惜しまない (老人たちを愛するように) だが豆腐を買うのを忘れてはいけない 池では バンのつがいが寝についたようだ 母は今年で七度目の干支を迎えたが おおむね 人生に意味を求めることはできない ただ祝福するに足るだけだ

*「人生」云々は『カラマーゾフの兄弟』による


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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