祭りの終わり

倉田良成



朝 空のおくにむかって立つ 電信柱が岬のように光を浴びている 大理石のつめたさで いま 世界は秋のただなかだ 丘のうえの小学校へ上ってゆく 子供たちの帽子がまぶしい どこまでもあおい無限のうちをただよって しんかんと 草花の咲きみだれる服を着ける 化粧して 死者のように 十月の明るみへと通過する とつくにのひと 全盲のギリシャ人 彼の摺り足はめったにない美しさで 曲線を描く このクニをかこむ さかまく波のうちがわを 秋という 季節があるのではない それは冬にむかって下降してゆく 意識のプロセスそれ自体だ と少年の私は書く いまならば言おう 秋は意識ではない それは人の夕ぐれを生きることそのものだと 遠くのほうから ながれてくる水のオルガン 流星のしきりに飛ぶ夜 火を泛べたグラスに口をつける 悪魔の存在を証明できるか? 飲んだくれのポールがうるさく問いかける カウンターの横に座って むしろ ちいさな旅の歓びについて話をしよう アルコールを飲んで アルコールの入らないときのことを思い出すのは 愉しいものだ 秋 すべての町内で祭礼が終わる 空を映す鏡のように とつぜん神々はいなくなる にわかにやってくる冷気のきらめきのなかで 人々に 「それ」はやどるのだ 離れていたこいびとの透明な微笑や しずかに交わされる目礼のうちに 湯のようにあふれでる 花器の幻のうちに (ひとつの祝祭が終われば やがて めぐってくるつぎの祭りまで時をつちかうのだ) サンダルを履いて 女たちが朝の光の市場に集まってくる

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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