飛び石

清水鱗造



微風が止む前に 言っておきたいことがある あのマネキンは さんざん喋って それでマネキンになったこと ショーウインドーの前で しょうもない囁きが たくさん呟かれて それで飽きちゃったんだ * 屋上庭園には つぶれた書物があり それがどろどろ溶けて 排水溝を詰まらせた きちんと整理された書斎の書物の横の 排水溝をね * 花粉 花粉 花粉 密かな粉 花の奥を抉って 路地を通じさせて 地蔵なんか置いて ミニ植物園を造って 実験するのは気持ちいいね * それだけだね気持ちいいのは でもね 全体的に腐食することってある いつのまにか誰にでもやってくるんだ 酸がざんざん降っていることなんか 肌に艶があるうちには 気づかないだろう 誰も * ようするに 路地を通っているときに これは花弁の中だなんて 気持ちいい感じがさ それ自体が 机の前の鉢植えのミルクブッシュと同じってこと * 〈お知らせ〉 ぼくはきみが好きです * 〈お知らせ〉 調子いいときはね 頭の * やあ 草取りだ 草取りだ ツツジがこんなに雑草に 埋もれてるじゃないか 二階から落とした ハーブが芽をだして 繁茂している だけど ごく単純な ハーブ * ふとシャベルをとめて こんなとこにいるのかとか 汗かいているのかとか 腐食の速度がわからなくて 深呼吸して太陽をみたりして それが背後から見れば 直立した骨なわけ * 陰陽まじわって 矢印が前むいて 人いきれが そのまま 林の フィトンチッドだということはね わかっているよ * 〈お知らせ〉 さりげない人生こそきみの求めているものでしょう * 〈お知らせ〉 糞くらえ! * で、ウチの犬はわざわざ猫の 糞を食べるの 糞食べるのなんか普通だよ 自分のおしっこなめて 「からいー」なんて それくらいは 今日のお料理だよ * どうしても娼婦の顔が 思い出せないってことがある 堕ち込んで でもビジネスライクに 日々の草を刈って よすがにしている のはね 草取りをする ぼくが娼婦の証拠なの * きみのがいくぶん 傾いでいるのかな ぼくの船より サンドスクリーンを どんどんかけていけば 傾いでいるほうがきれいだよ * 島の掘建て小屋から 生まれたきみの 肌に染み付いた しきたりが ハンバーグステーキを注文させるのは 当然といえば当然だ * 〈警告〉 肛門に飴玉を入れるのはやめましょう * 〈警告〉 きみは痔疾なんだ! * というわけで 硬化療法というのをやった 先の曲がった注射器を肛門から入れて 硬化剤を注入する でも血がたまに漏れるのを 無理やり止めることはないじゃないか * 煙草すってると 白い服を着た処女がたくさん 雲のあいだを 蝋燭をもって歩いているんだよ なんだかぼくは 哀しくなって 泣いてしまったりする * あれはぼくの一部 ぼくの葬列のね でも背後から見れば ゼリーのなかの甘い果実 * だから湿ったことばかり 言ってられない そう言うまに あの処女たちは同じ歩調で どんどん歩いているから * 雲の下 川原を歩いていると 草木の幽霊がいます という立て札がある そういえば 流れに向かって葦の半分くらいは白く枯れている * おばけが飛んでいる 葦のあいだに 暮れ方の虫を捕える コウモリと親しそうに * 釣人の竿が 昔への通路みたいに 弓になっている 煙草の先の火の玉を 草履でもみ消す * 日の隔たりだけが あるような 白爪草だけがぽつぽつと 続いているような 通路 * 石を投げると 鉄橋のほうに 水面を飛び石になって跳ね 茶色い流れに沈んでいく * 向こう岸でちろちろ燃えているのは なんだろうね 地面を一カ所這うように 光がまとまって * オペラグラスの向こうに 裸のマネキンが立っているのが 見える 古い書類の束が 文字とともに はらはらと崩れている

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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