田中宏輔



桃の実の、そのなめらかな白い果皮(はだ)は ――赤児(あかご)の頬辺(ほっぺた)さながら、すべすべした肌触り 桃の実の、その果面の毛羽立ちは ――嬰児(みどりご)の、皮膚紋にそったやわらかな産毛にも似て 桃の実の縫合線(ぬいあわせめ)、その窪み()に、指を差し入れると ――新生児の泉門(頭骨(ずこつ)の間隙(すきま))がひくひくと動いた 桃の実の薄皮に、爪(つめ)食い込ませて、剥(む)いてみたら ――赤ん坊が、目を醒まして、泣き出した 反射的に、桃の実を、机の角に、ぶつけてしまった ――机の角で、赤ちゃんの左頬が、つぶれてしまった ひしゃげた、桃の実が、ごとんと、床面(ゆか)に落ちた ――血塗れの、乳呑み児は、もう二度と泣かなかった

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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