熱帯可能性

駿河昌樹



突然の熱帯。 たしかに均衡は破られたのだ 降ってくる金粉 原初無色であった肌に髪に いまもなお透明な眼差しのように 直立する水であった肉体に 狂いが起こる 数千年待たれていたものが わたくしたち世代の眼前を舞う 光を帯びた緑の風がようやく 心臓と魂をじかに結ぶ霊液がようやく 死がふいに終わる国がある 引き払うことを決めた棺桶の窓から 宝石に見える眺め飽きた辻公園 航海日誌に染みた七色の海の香り 余白ばかりの緻密文様関係論文執筆計画 突然の熱帯。 都市論に明るい終わりはなく 街路灯だけはいつも 透明度の高い詩である 熱のなかでさびしさは消える 熱帯へ流動する魂の正しさ 光度ひくい掌のドクサ すべて明日に歯向かう 遺言、後部座席、浜荻 不在なるものにかけて誓う 地下井戸に沈む誤訳聖書 突然の熱帯。 懐柔策なき言説事故 言語移植 ロマン主義な春も 資本主義な春も 残酷さに変わりはないが 止めないかぎりは続く この戦い 花、果実、そこ此処に 止めないかぎりの 熱帯可能性 ひらく鍵は 「突然の熱帯」。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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