ロミオとハムレット(二回連載・下)

田中宏輔



第三幕


  第一場 ヴェローナ。僧ロレンスの庵室。

  (早朝、ロレンスが薬草を薬棚に仕舞っているところ。扉をノックする音。)
ロレンス はい、はい、おりますですよ。(と言って、扉を開ける。)
  (登場。)
ロレンス これは、これは、キャピュレット様。
キャピュレット ロレンス殿、今日はぜひお頼みしたいことがあってまいったのですが。
ロレンス はあ、――で、それは、いったいどのようなお頼みごとでございましょう。
キャピュレット 実は、家で飼っている子馬が死にかけておりましてな。
ロレンス (うなずいて)ええ。
キャピュレット 娘がそれを見て、とても悲しんでおるんですよ。
ロレンス そうでしょうな。お可哀相に。――で?
キャピュレット それでですな。親であるわたしには、娘が悲しんどる姿など見ちゃおれん、というわけですわ。(ロレンスの顔を覗き込む。)
ロレンス それは、ごもっともなお話です。お気持ち、お察し申し上げます。――で?
キャピュレット ――で、ですな。その子馬を薬で楽に死なしてやりたいと思いましてな。
ロレンス なるほど、なるほど。それで、ここに、やってこられたというわけですか。
キャピュレット そのとおりです、ロレンス殿。そういった薬を調合する資格のある者は、ここヴェローナでは、ロレンス殿、あなた、ただお一人ですからな。
ロレンス 公式には、ですよ。闇で作っておる者がおりますから。
キャピュレット しかし、ロレンス殿ほどに優秀な調合師はほかにはおらんでしょう。娘には、子馬が自然に死んだと思わせたいのですわ。薬殺したとわかれば、娘の悲しみが倍加するに違いない。餌をやってすぐに死ぬようなことがあっては疑われてしまう。そのようなことがないように薬を調合できるのは、あなたをおいてほかにはいない。作っていただけますかな?
ロレンス お作りするのは造作もないこと。ほかならぬキャピュレット様のことですから、すぐにでもお作りいたしましょう。キャピュレット様なら、安心してお渡しできます。ですが、これだけはお約束ください。その薬は、その死にかけた子馬にだけ使うということを。ほかの目的には絶対に使用しないでください。
キャピュレット お約束しましょう。ほかの目的には一切、使用しません。
ロレンス もう一つ、お約束ください。その子馬を薬殺した後、薬が入っていた壜は、直ちに、こちらに返しにきてください。壜の中に残った薬を、万一、だれかが誤って飲んだりするようなことがあるといけませんから。
キャピュレット お約束しましょう。事が済み次第、すぐに持ってまいりましょう。
ロレンス では、お昼過ぎにおいでください。
  (キャピュレット、うなずいて部屋を出てゆく。)


  第二場 ヴェローナ。キャピュレット家邸宅内、応接間。

  (キャピュレット夫妻、ハムレットとオフィーリアを自宅に招いて談笑している。)
キャピュレット夫人 (ハムレットとオフィーリアの二人に向かって)では、お二人も婚約なさったばかりなのですね?
ハムレット そうです。
キャピュレット わたしの娘とロミオの二人をごらんになって、どうお思いですかな?
ハムレット お似合いのカップルだと思います。お二人とも、花のようにお美しい。
  (キャピュレット夫人、オフィーリアの顔を見る。)
オフィーリア ええ、まさしくジュリエット様は白い百合、ロミオ様は赤い薔薇のようですわ。
キャピュレット (二人に微笑んで)そんなに褒められては、花に申し訳ない。
  (ハムレットとオフィーリアの二人、微笑み返す。)
キャピュレット あとで、娘にも聞かしてやりましょう。先ほども申しましたように、昨夜の疲れが出たのか、いまは部屋で休んでおりますが、そのようなお褒めの言葉を耳にすれば、すぐにでも元気になるでしょう。
ハムレット お大事になさってあげてください。
オフィーリア ご心配ですわね。
キャピュレット (うなずいて)せっかく、お二人におこしいただきながらに……、せめて 挨拶だけでもさせようと思ったのですが、眠っておりましたので。
ハムレット どうぞ、お気兼ねなく、お嬢さんを休ませてあげてください。
キャピュレット夫人 ところで、ハムレット様は、乗馬やフェンシングのほかに、何かご趣味はおありですの?
ハムレット 詩を書いています。
キャピュレット 詩を?
ハムレット ええ。
キャピュレット夫人 ぜひ、お聞かせいただきたいですわ。
ハムレット 拙いものですけれど、よろしかったら。
キャピュレット ぜひ。
ハムレット では、短めのものを、一つ。
  (ハムレット、深呼吸すると、眉間に皺をよせ、目をつむって詩を暗唱し始める。)

     死に
     たかる蟻たち
     夏の羽をもぎ取り
     脚を引きちぎってゆく
     死の解体者
     指の先で抓み上げても
     死を口にくわえて抗わぬ
     殉教者
     死とともに
     首を引き離し
     私は口に入れた
     死の苦味
     擂り潰された
     死の運搬者
     私
     の
     蟻

  (暗唱し終わると、耳を傾けていた三人が拍手する。)
キャピュレット すばらしいですな。
キャピュレット夫人 すばらしかったですわ。
ハムレット そうおっしゃっていただけて光栄です。
キャピュレット夫人 でも、とても怖い感じの詩でしたわね。いつも、そのような詩をお書きになってらっしゃるのかしら?
ハムレット (笑って)人を驚かすのが好きなんですよ。
オフィーリア いつも驚かされていますわ。
キャピュレット夫人 まあ。
キャピュレット 喉が渇かれたでしょう。何か飲み物を持ってこさせましょう。
  (と言って、用意してあった飲み物をもってくるよう、召し使いに言いつける。)
キャピュレット ヴェローナには、いつまでおられるおつもりですかな?
ハムレット まだ、しばらくいるつもりです。
キャピュレット夫人 ごゆっくりなさってください。ヴェローナはいいところですわ。
ハムレット (オフィーリアを見て)彼女の父親のことが心配ですが……。
キャピュレット (ハムレットの顔を見ながら)ハムレット殿は、お優しい方ですな。(と言って微笑み、オフィーリアの方を向く。)親が子を思う気持ちをよくお知りだ。
  (召し使い、銀盆の上に、飲み物を載せて登場。)
キャピュレット (銀盆の上を指差して)わたしと妻にはパープルの方を。ハムレット殿にはブルー、オフィーリア殿にはレッドの方を。
  (四人が飲み物を手にする。)
オフィーリア (ハムレットが手にもったグラスを見て)ブルーの色がとてもきれいね。
ハムレット (キャピュレットの方を向いて)グラスを取り換えてもよろしいですか?
キャピュレット (困惑した面持ちで)え、ええ。もちろん結構ですとも。
  (交換される二つのグラス。キャピュレット、息を呑んで、オフィーリアの口元を見つめる。オフィーリア、ゆっくりとグラスを傾ける。暗転。)


第三場 ヴェローナ。エスカラス家邸宅内、賓客用客室。

  (ハムレット、ベッドの上に横になったオフィーリアの肩を揺さぶっている。)
ハムレット おお、オフィーリアよ、オフィーリアよ! なぜ、そなたは目を覚まさぬのか? なぜ、目を覚まさぬのか、オフィーリアよ!
  (ロミオ登場。その背後から、亡霊の姿が現われる。)
ロミオ ハムレット様、どうなさったのですか?
  (ハムレット、振り向く。)
ハムレット (驚いて叫ぶ。)出ていけ、亡霊よ!
ロミオ わたしです。ロミオです。
  (亡霊、ロミオの背後に隠れる。)
ハムレット おお、ロミオ殿。すまない。オフィーリアが、オフィーリアが目を覚まさないのです。目を覚まさないのですよ。息はあるのですが、かすかに、息は。
ロミオ 一体、何があったのですか?
ハムレット いいえ、何も、何もありません。キャピュレット殿のところから戻ると、急に眠くなったと言ってベッドに横たわったのです。しかし、しばらくして様子を見てみたら、躯が冷たくなっていて、目を覚まさないのですよ。
ロミオ (ベッドに近づきながら)それは大変だ。
  (ハムレットの目が、亡霊の姿を捉える。)
ハムレット おお、亡霊よ、亡霊よ! 立ち去れ、立ち去れ、立ち去るがいい。(と叫んで手を振り上げる。)
ロミオ (振り上げられたハムレットの手をもち)ハムレット様、落ち着いてください。どうか、落ち着いて、よくごらんになってください。(と言って、自分の背後を振り返る。)亡霊などおりません。(ハムレットの手を離す。)
ハムレット (亡霊を指差して)そなたには、その亡霊の姿が見えないのか?
ロミオ (ふたたび、振り返り見る。)見えませぬ。
ハムレット あれは幻ではない。あれは幻ではない。あれが幻なら、このベッドの上に横たわるオフィーリアの姿も幻だ。おお、そして、このわたしの姿も幻だ!
ロミオ しっかりなさってください、ハムレット様。
  (と言って、ロミオは手を伸ばしてハムレットの手を握ろうとするが、ハムレットは、その手を振り払う。)
亡霊 (皮肉っぽく)しっかりなさってください、ハムレット様? 余のことを気狂い呼ばわりしたおまえが、気が狂っておるのじゃ。
ハムレット わたしの気が狂っているというのか?
ロミオ (首を振って)そんなことは申しません。
  (亡霊の躯とロミオの躯を押し退けて、ジュリエット、登場。ハムレットの躯に体当たりする。ハムレットの白いシャツが鮮血に染まって赤くなる。)
ロミオ 何ということを。(と言って、ジュリエットの手からナイフを取り上げて、床の上に投げ捨てる。そして、ハムレットの躯を抱え起こす。)
ジュリエット わたしが愛しているのはロミオ様、ただお一人。ロミオ様も、ただわたくし一人を愛してくださらなければならないのよ。
ロミオ (凄じい形相で)尼寺へ行け! そなたの姿など、二度と目にしたくない。
ジュリエット ロミオ様!
ロミオ 尼寺の道へと急げ! 急がねば、わたしにも罪を犯させることになるだろう。その血に汚れた手を挙げて、神に許しを乞うがいい。もしも、神が、真に慈悲深きものなら、そなたを赦しもしよう。しかし、わたしは赦さない。赦すことなどできはしない。
  (ジュリエット、泣きながら走り去る。亡霊も立ち去る。ロミオ、ハムレットの躯を抱き締める。舞台の上、溶暗しながら、するすると幕が下りてゆく。)

    参考文献 シェイクスピア「ハムレット」大山俊一訳 シェイクスピア「ロミオとジュリエット」大山俊子訳


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