粉砂糖を唇の周りにつけて
ビットが落ちている
灰皿
その陶器の
ヘビの模様が日に歪む
その日
ピンのように凝縮した町
花びらが散る夕
鼓動が道に沿って
汚ない浜に向かってゆく
古寺がそのまま耳に入ってくる
*
すでに白い服を着て
サングラスをかけ
小島を望んでいる
血を分けた蟹が
横向きにさわさわと
石垣を逃げてゆく
性欲の陽炎は石垣から出る陽炎
向こうから来る少女の胸を
耳鳴りのなかに留めていた
*
果物から血がしたたる
串ざしになった蛙が
鉄条網にぶら下がっていて
気だるい春の粗い砂目の
仮装着の入ったトランクが
まぶしく僕の手にあった
*
岬の瓶の中にあるクラゲの風景
くさい干物を口に含み
火山岩を海に投げた
ゆらゆらと
下宿の女が
吐いている
その前を僕は通りすぎる
クラゲが
ゆらゆらとした空気の向こうに
吐いている人と
氷塊の足を見たことは
たぶん
ビデオテープに記録されている
*
あの緑の岸壁
あれを見るときがくる
船の縁からあれを
見るときがくる
花をかきむしれ
かきむしれ
*
(年上の女と泊まった旅館で
麻雀の牌をもらった
その骨牌に
刻み付けたのは
いくつかの数字
それはタンタンの
冒険に出る日のページの
ノンブル)
*
夢の出口がいつも開いている夕
花がさかんに耳に入る
鞄には
やはり凶器も入れておかねばならない
こんな花ぐもりには
こんな朝には
凶器を
しのばせるにしくはない
*
いくつかの漁村の名前は忘れてしまった
数十隻の船が停泊する港では
般若の幻が
こちらを凝視していたのだが
今は血管がからまるビルが
窓をよぎってゆく
僕は知っていた
十時二十三分
自転車の後ろに野菜をくくりつけた男が
僕のコピーであることを
*
だから
その男の厨房の
錆びた包丁の感触がはっきりわかる
そして目に映る若草のすがたが見える
*
蝶が油の浮いた水たまりの泥に
数匹とまっている
港のバーの看板のペンキが
はがれている
ガラスの破片にちいさく麒麟と書いてある
*
砂糖の列車が
砂糖のレールを
走るときは
童謡が聴こえるときは
注意したほうがいい
麻の袋を
枕にして
僕は童謡を聴いている
カレーライスのにおいと
サングラスの向こうの自動販売機と
動く人たちを砂糖の煙のなかで見ている僕は
童謡が砂糖のなかで僕を覚醒させまいと
しているように思う
警報が煙のなかで響いても
僕の砂糖列車は
固い砂糖のレールのうえを
ぐるぐる回る
砂糖のかさぶたが
僕の右手からはらはらと落ち
床に吸い込まれていく
*
漁村の厨房に
集められた魚
太ったおばあさんが
汁をつくる
男ははちまきをしめたまま
昼寝している
その夢に砂糖のレールは通じ
砂糖の列車が走る
スポーツ紙にその日の
刺激的なニュースが
赤く
青い
文字で書かれ
誰も見ていないテレビの音が
童謡に変わる
*
ランドサットが
この散歩道の僕を
捉えているのはたしかだ
関東の細道に
黄色いヨットパーカを身に着けた男が
煙草を吸いながら
歩いているのを
真上から捉えている
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