Windowsヘルプを使った詩集の製作

長尾高弘



 パソコンでMicrosoft Windowsを使っていれば誰でも知っていることだが、このWindowsという基本ソフトウェアには、ヘルプ機能というものが組み込まれている。プログラムを使っていて操作方法やコマンドの意味がわからなくなったときに、[F1]キーを押すか、マウスなどで“ヘルプ”メニューを選択すると、プログラムの操作方法を説明してくれる別のウィンドウがオープンされるという機能である。ウィンドウには、もちろん説明の文章が表示されるわけだが、気の効いたヘルプなら、ダイアログボックス(コマンドやファイルなどを指定するための特殊なウィンドウ)の画面コピーなどのグラフィックイメージも含まれている。
 このように書くとすばらしい機能のように感じられるかもしれないが、正直なところ、私はあまりこの機能をありがたいと思ったことはなかった。しかし、仕事でビジネスアプリケーション開発の参考書を翻訳していて、“最近、ヘルプを利用してコンピュータ画面で見る出版物、プレゼンテーションを作る企業が増えている”という一節を見たときに、おお、そうかと思った。
 実は、このヘルプ機能はなかなか凝った作りになっていて、表示されているテキスト、グラフィクスの一部をマウスでクリックすると、画面が変化するようになっている。クリックできる部分は、マウスポインタが矢印形から人指し指を伸ばした手の形に変わるので、すぐに見分けられる(テキストの場合には色付き、アンダーライン付きになっているのでさらにわかりやすい)。たとえば、文章の終わりに「関連項目あれ、それ」という部分があったとして、その「あれ」や「それ」をクリックすると、ウィンドウの中味が「あれ」や「それ」の説明に変わる(ジャンプと呼ぶ)。また、文章のなかでちょっとした専門用語が使われているときに、その用語の部分をクリックすると、ヘルプウィンドウの上に一時的に小さなウィンドウが開いて、その中に2、3行の説明が表示される(ポップアップと呼ぶ)。この場合は、マウスをもう1度クリックすると、元の画面に戻ることができる。マクロと呼ばれる簡単なプログラムを実行することもできる。
 つまり、ヘルプのこれらの機能を利用すれば、冒頭から末尾まで直線的に進む本ではなく、前後左右に自在に移動できる本を作ることができるわけである。たとえば、全集のようなものでは、いくつもある異稿の間を自由に飛び回れれば便利だろう。注の多い本は、ポップアップウィンドウを活用すれば、かなり読みやすくなるはずだ。しかも、ヘルプはWindowsの標準機能なので、ヘルプ形式のデータファイルさえ作っておけば、Windowsの動くどのマシンでも見ることができる。つまり、特別なソフトウェアはいらない。そして、ユーザーがデータを書き換えられないということも、この場合は好都合である。勝手に本文に手を入れられては困る。しかし、本に書き込みをするように、ページごとにコメントを残す機能や、しおりをはさんですぐにアクセスできるようにする機能は含まれている(ユーザーがジャンプなどを定義できればさらによいが、それは不可能である)。
 少しくどくどと説明したが、実際には、おお、そうかと思った次の瞬間には、ヘルプ形式の詩集を作ってみようと思っていた。ちょうど手元には、近く刊行する予定の自分の詩集の原稿がある。この原稿を次のように料理することにした。

1. 起動したときには表紙を表示する。適当なグラフィックデータを使って飾り気を付けるとともに、タイトルをクリックすると、奥付データがポップアップされ、著者、出版社名をクリックすると、それぞれの住所、電話番号がポップアップされるようにする。
2. 画面上部の[>>]ボタンを押せば、表紙から最後のあとがきまで、ページを繰るように直線的に読めるようにする。[<<]ボタンを押せば逆に末尾から冒頭に進める。
3. 画面上部の[目次]ボタンを押せば、どこにいても、目次ページにジャンプできる。目次ページからはあらゆるページにジャンプできる。
4. 雑誌発表済みの11篇については、それぞれのページの末尾に“初出”というラベルのついたクリック可能領域を設け、そこをクリックすると2次ウィンドウという別ウィンドウに初出形を表示する(ヘルプでは、主ウィンドウ以外にもう1つ同じような形のウィンドウをオープンすることができる。両者で比較対照できるのである)。また、初出一覧というページを作り、そこからも2次ウィンドウにジャンプできるようにする。2次ウィンドウの初出形で、“現行”というラベルをクリックすると、主ウィンドウに詩集掲載形が表示される。
5. その他いちいち書くのが面倒な詳細。

図1は、これをまとめたものである。



 本当は、一番書きたいことは、方針を決めてから、動作するヘルプファイルを作るまでの苦労の数々なのだが、BoobyTrapの読者にとっては退屈な話だろうと思われるので省略することにする。基本的な手順は、次の2ステップである。

1. Microsoft Wordというワードプロセッサで文書を作る。ジャンプ、ポップなどを定義するために、決められた形式を守る必要がある。
2. ヘルプコンパイラと呼ばれるプログラムを使って、1.で作成した文書をヘルプファイル形式に変換する(注1)

 完成したヘルプ詩集は、図2のような画面を表示する。ファイルのサイズは50Kバイトほどになった。25000字分ということだが、表紙のグラフィックデータがこのうちのかなりの部分を占めている。しかし、ファイル内のデータ自体はこれでも圧縮されているのである。ちなみに、プレーンテキストでは、本文は30Kバイトほどである。




 今回は、多分に実験的なプロジェクトだったので、やれることはやらなくてもよいことまでやってみたつもりだが、マルチメディア的なことは試していない。たとえば、ウィンドウのなかにビデオを埋め込むようなこともできるはずだが、これにはC言語による本格的なプログラミングが必要になるようである。しかし、ボタンをクリックすると朗読データが流れるようにすることは、もっと簡単に実現できると思う(もっとも、朗読データは、記憶スペースを大量消費してくれるが)。
 さて、私はたまたまWindowsを使っているのでWindowsヘルプを利用したが、世の中にはほかにもこのような機能を持つプログラムがある。この種のプログラムは、一般にハイパーテキストと呼ばれる。このハイパーテキストという概念は、もともと1965年にテッド・ネルソンが提唱したものだが、実用化されたのは80年代である(注2)。このようなプログラムでもっとも有名なのは、間違いなく、Macintoshのハイパーカードだろう。Windowsヘルプの場合、データ作成にかなり苦労するが、ハイパーカードの開発環境ははるかに優れている(という噂である。試してみたいが、私はMacintoshを持っていない)。
 Microsoftは、Windows用のCD-ROMタイトル(Bookshelf、Encartaなど)のために、MediaViewソフトウェアと総称されるプログラムも作っている。初期のマルチメディアタイトルは、viewer.exe、mviewer2.exeといった汎用ビュア(表示プログラム)を使っていたが、最近では、タイトルごとにビュアを開発するような仕組みに変わった。最初期のviewer.exeがヘルプファイルをオープンできたことからもわかるように、このシリーズはヘルプとよく似ているが、ヘルプよりもユーザーインターフェイスに凝ることができるようである。しかし、ヘルプのような手軽さはない。
 もう1つ触れておかなければならないのは、最近のインターネットブームに火をつけたWWW(World Wide Web)である。Windowsヘルプは同じマシンのなかでしかジャンプできないが、WWWはネットワーク越しに世界中のあらゆるページにジャンプできる。マルチメディアという点でも、さまざまなことが実現されているようだ。
 ハイパーテキストだ、マルチメディアだと言っても、所詮、紙には勝てない部分がある。しかし、紙にはない便利さを発揮する部分もある。WWWのようにネットワークが絡んでくれば、情報の流通にも大きな影響を与える。いずれにせよ、これらの試みは、まだ生まれたばかりのものであり、これから自然淘汰が始まるだろう。多くの人が使って役に立つような機能以外は、自然になくなってしまうものだ。しかし、遊び感覚で色々と試してみるのも悪くはないと思う。コンピュータは所詮道具であり、オモチャである。あまり肩に力を入れずに、面白い遊び方を考えるのが一番だ(注3)


注1 実際にヘルプファイルを作ってみたい方は、マイクロソフトウィンドウズソフトウェア開発キットのマニュアル"プログラミングツールズ"と"プログラマーズリファレンスVol.4リソース"、先ほど触れた翻訳中の本、Christine Solomon, *Developing Applications with Office,* 1995, Microsoft Press(秋頃にはアスキーから翻訳が出る予定)などを参照していただきたい。手前味噌だが、開発キットのマニュアルよりもこの本の方がはるかにわかりやすいはずである。
注2 マイクロソフト(株)「コンピュータ用語辞典」、アスキー出版局、1993年7月
注3 なお、このヘルプ版詩集は、紙の詩集の読者のなかで希望される方には無料でお送りする予定です。また、筆者のパソコン通信ID(NIFTY-Serve PEA01357)、Internet nyagao@longtail.co.jpに問い合わせていただければ、製作のノウハウなども提供します。

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