旅仕度

荒川みや子



今年の夏の暑い日に、おばあさんが死んだ。去年の夏の暑い日におじいさんが死んだ。二人共生きるのを終えたので旅の仕度をしなければいけない。娘と二人して始めた。それは白い脚絆である。羽のように軽くうすく、足に捲くと冷たい水音がする。編み笠も置いた。足には草鞋をそえた。足袋もはかせる。広い広い地平線と空のあいだにおばあさんは横たわる。冷たい水がひたひたわたしたちを取り囲み、祭壇近くまであふれ出した。生きているわたしたちには、冷えた番茶があった。Tシャツの裾から欠けた月も過ぎる。朝顔、レンコン、ザリガニも出てきた。娘は傍で毬を投げている。二人して膝を折ったまま止まっていようか。イヤイヤ、わたしたちは豆を剥かねばならない。私が嫁さんに来た当初のように、私は娘とそら豆を剥かなければならない。

 おじいさん、うまく川を渡れよ三途の川。小銭は入れといたよ。おばあさん、おばあさんの息子と私は仲よく川の中にいるよ。バタバタ、ブクブクああたのしい。だから、できるだけ遠くことさら遠く、マメの蔓を登ろう。鳥さえ落さずように。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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