群衆

倉田良成



夏のさいごの巨きな空を背に 夕ぐれ、きみと駅で別れる 原色の旗や人びとのまなざしを 白く輝く星雲のようにやどしている夏の深みで きみと私は眠った 言い残したたくさんのことばは まるで希望のようにひそかな疼きをひめるけれど 桟橋の突端のようなところできみはなにかを叫び それを聞き取るために私は秋の海を渡ってきみに近づく そんなふうに世界がやさしく閉じられればいいのに 街路樹の立つ光の隙間に似た一角を公園にむかって歩く 時間の熟れる場所で私は音楽を組み立てる あしたのちいさな約束を守ること それが人びとのざわめきのなかで果たされること きみと私を引き離す群衆を憎み* 私ときみを生きる歓びのなかにただよわす群衆をいとおしむ 明るく渦巻くすべての祭りの影像が かけがえのないかなしみのように私のうちに鋭くよみがえる 青空の彼方までつづく この東京という街で ディキシーは鳴れ 大観覧車とともに 港からにぎやかな吹奏楽が離れてゆき やがて真夜中の巨大な構造がせまるとき 受話器を置いてきみは長い電話をおしまいにする (おやすみ、きみの目覚めに かすかな鉤を引っ掛けておく)

*エディット・ピアフ「群衆」より


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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