桜 蛾の死骸

清水鱗造



雨のあと花びらが一枚ガラスに張り付いている 薄い皮膚を透けて見える血管が 女の手を思い起こさせる 見ればベランダの隅に 花びらは溜まっていた 敷居のこちら側に 蛾の死骸が落ちている 人差し指と親指でつまもうとすると すでにそれはほとんど粉になっていた 翅や鱗粉が日の中に細かく流れる あの人はたぶん 肋骨を宙に浮かせ せいせいしているだろう 死者の悪口を言ってはいけないというのは 完全な嘘だ 僕は悪口を言い続けるだろうし あなたはたぶん僕を覗いているだろう あなたの死骸も僕の死骸も 日の中に流れることによって 等価だね そして蛾の死骸もだが

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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