むちゃくちゃ抒情的でごじゃりますがな。

田中宏輔



枯れ葉が自分のいた場所を見上げていた。 木馬はぼくか、ぼくは頭でないところで考えた。 切なくって、さびしくって、 わたしたちは、傷つくことでしか 深くなれないのかもしれない。 あれは、いつの日だったかしら、 岡崎の動物園で、片角の鹿を見たのは。 蹄の間を、小川が流れていた、 ずいぶんと、むかしのことなんですね。 ぼくがまだ手を引かれて歩いていた頃に あなたが建仁寺の境内で 祖母に連れられた、ぼくを待っていたのは。 その日、祖母のしわんだ細い指から やわらかく小さかったぼくの手のひらを あなたはどんな思いで手にしたのでしょう。 いつの日だったかしら、 樹が葉っぱを振り落としたのは。 ぼくは幼稚園には行かなかった。 保育園だったから。 ひとつづきの敷石は、ところどころ縁が欠け、 そばには花を落とした垣根が立ち並び、 板石の端を踏んではつまづく、ぼくの姿は 腰折れた祖母より頭ふたつ小さかったと。 落ち葉が枯れ葉に変わるとき、 樹が、振り落とした葉っぱの行方をさがしていた。 ひとに見つめられれば笑顔を向けたあの頃に ぼくは笑ってあなたの顔を見上げたでしょうか。 そのとき、あなたはどんな顔をしてみせてくれたのでしょうか。 顔が笑っているときは、顔の骨も笑っているのかしら。 ああ、神さま、ぼくは悪い子でした。 ぼくは悪いことは何ひとつしませんでした。 天国には、お祖母ちゃんがいる。 いつの日か、わたしたち、ふたたび、出会うでしょう。 溜め息ひとつ分、ぼくたちは遠くなってしまった。 宇宙を言葉で説明できるかもしれない。 でも、宇宙は言葉でできているわけじゃない。 ぼくに似た本を探しているのですか。 どうして、ここで待っているのですか。 みみずくくんというのが、ぼくのあだ名だった。 母は、高知で、ひとり暮らしをしています。 樹が、葉っぱの落ちる音に耳をすましていた。 いつの日だったかしら、 わたしがここで死んだのは。 わたしの心は、まだどこかにつながれたままだ。 こわいぐらい静かな家だった。 中庭の池には、毀れた噴水があった。 落ち葉は、自分がいつ落ちたのか忘れてしまった。 缶詰の中でなら、ぼくは思いっきり泣ける。 樹の洞は、むかし、ぼくが捨てた祈りの声を唱えていた。 いつの日だったかしら、 少女が栞の代わりに枯れ葉を挾んでおいたのは。 枯れ葉もまた自分が挾まれる音に耳をすましていた。 わたしを読むのをやめよ! 一頭の牛に似た娘がしゃべりつづける。 山羊座のぼくは、どこまでも倫理的だった。 つくしを摘んで帰ったことがある。 ハンカチに包んで、 四日間、眠り込んでしまった。

『陽の埋葬・先駆形』


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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